猫のひとりごと


 竜は氷の国の夢を見る1[話]


2024.4.7(Sun) 19:21

 プロローグ。


 極寒の地、最後の辺境。

 この世界には、永久に氷の溶けない冬の国が在る。
 陽の光は分厚い雲に隠れていて常に薄暗く、どこからか冷たい風が吹きつける。

 かつての文献には「凍らない春の国」とのおかしな記述があるため、とある時代を境に様変わりしてしまったという仮説もいくつかあるのだが、容赦なく生物の命の灯火をかき消す極寒の風を目の当たりにしている国民たちは、過去の人々の切な理想が記載されただけの夢物語と結論付けていた。

 それほどにここは、隔絶された氷の大地であった。

 その地を今、一匹のキツネがとぼとぼとそぞろ歩いていく。点のような足跡は無慈悲な吹雪ですぐさま埋まり、黄金色のコートにも容赦なく吹きつける。もはや目も開けられない強風の中、キツネはどこへともなくただただ歩いている。

 なぜなら彼には目的地などなかったから。洞窟のような場所で吹雪をしのげればよかった。とにかく王城から離れさえすれば今このときの安全だけは保証される。
彼の味方はもはや自前のこのコートだけ。

 彼の名は、ウィリアム。
 ここ氷の国ドラグニアの第1王子…だった。――――つい先程までは。
 もはや王位継承権は剥奪されているに違いなかった。

 彼は父王の暗殺の罪で逃げていたのだから。




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