*まとめ*


 ガチャ、ギャリッ、と不穏な剣戟の音が緑の山あいに響く。
 場慣れもクソもない敵の天人連中は、数でこそ三人を圧倒すれど、その剣技の如何においてはもはや三人の敵ではなかった。


 「薄ぅぅぅ!!凄え薄いな、てめえら幕軍の戦構えって奴はよ!!サガミオリジナルの0.02より薄いっつーの、ゴムにも劣るわ!」


 目の前の敵を斬り伏せたと同時に、横合いから飛び出てきた敵をも返す刀の一撃で仕留めた銀時が叫ぶ。敵が放つ剣数の多さなどものともせず、己に傷の一つ付けることさえ白夜叉は許さない。眼前の敵の土手っ腹に穴を開けたと同時、振り向きざまに敵の首を跳ねる姿は、まさしく戦場に降誕せし鬼。

 その冴え渡る剣技はさすがに白夜叉、されどそのセリフの下品さもさすがに白夜叉だった(銀さんクオリティー)。


「うっせェ銀時……少しは黙ってろ。テメェが喋ると俺の士気が落ちる」

 高杉もやや離れた場所から銀時の下品さに言及する。だがそうも言いつつ、一太刀で敵の喉笛を切り裂く剣の神速は瞬きすら許さない。むやみに刀を大きく振り回さず、鍔をなるべく己の身に引き寄せ、斬るよりも突くようにして敵を突き倒した。
 銀時もそうだが、高杉だとて狭い場所での立ち回りなど造作もない。師の教えは実に多方面に及んだから、雨の中での剣の扱い方も知っている。

 数の多さや足場の悪さなどものともしないそんな二名に、やや遅れを取りつつも懸命に立ち回っているのは新八だ。


「ちょっ、もう……何ですか、この敵の数!アンタらの首ってそんなに価値あんの?!」

 文句を付けながら、眼前の敵の刃を己の刀で受け止める。ギャリンッと火花が散り、白刃がぎりぎりと迫り来るは刹那の一瞬だ。しかし高杉と銀時に敵の大多数は引き付けられているので、新八が相手取る人数はそう多くはない。
 だから確実に立ち回れば、こんな状況に慣れている自分の方に分がある。勝ちを重ねていける──だが、新八がそう思った矢先だ。

 敵にぐぐぐと強く踏み込まれた瞬間、足元の地面が大きく傾いだ事にはギョッとした。


「っ!」

 敵と刃を合わせたまま、思わず足元を確認する。見れば、自分の足は崖の間際にあり、すぐ真下からは川音が激しく聞こえていた。ぬかるんだ地面が崩れ掛かっているのか、ところどころで落石や小さな落盤の水音が立っている。

 知らぬうちに崖際まで闘いは及び、それは自分たちの利にもなろうが、如何せん地面のぬかるみからは誰も免れない。
 自分は崩れかかった泥土の斜面に居るのだと知った時、新八の背筋にはさあっと恐怖が駆け上がる。

「や、やば……」

 でもどうにかして目の前の敵を退けようと躍起になっていた新八の視界は、突如として急速に開けた。



「──高杉さん!」

 素早く駆けてきた高杉により、新八と剣を合わせていたはずの敵は、次の瞬間に背後からバッサリと斬り捨てられていた。またしても絶体絶命のピンチを高杉に助けられ、新八はほうと息を吐く。
 高杉はピクリとも動かなくなった敵を見下ろすなり、新八を強く睨んだ。

「何やってやがる……こんな天人、テメェなら自分で倒せんだろうが」

 足元の崖が崩れ掛けている危険を、未だ荒く息を吐く新八は到底高杉に伝えきれない。そんな新八に業を煮やしたのか、高杉はもうさっさと踵を返そうとした。

「さっさと来い。向こうの敵は片付けた。あとは銀時が……」

 言い掛けて、素早く立ち去ろうとする。だがしかし、地に伏せた筈の敵はまだ絶命していなかったらしい。次には最期の力を振り絞ってばね仕掛けの如く起き上がり、後ろを向き掛けている高杉の喉を目掛けて刃を向けたのだ。

「っ、高杉さん危ない!」

 新八の咄嗟の叫びが功を奏した。その叫びが耳に届いた途端に素早く身を捻った高杉が、すんでのところで刀の切っ先を避ける。だけど、数ミリ単位で交わされた刃は高杉の左腕を掠め裂くに至った。

「──!!」

 目の前に鮮やかに飛び散る鮮血。ぐっと噛み締められた、高杉の唇。全てが振り向きざまの瞬きの一瞬の出来事なのに、新八の目にはまるでストップモーションが掛かったようにコマ送りにして見える。
 しかし、そこからは早かった。左腕を斬りつけられてたたらを踏みはしたが、高杉は右腕のみで手繰った刀で瀕死の敵の心臓を素早く射貫く。

 果たして、敵は今度こそ絶命したらしい。ハアハアと息を吐いた高杉が、敵の身体に突き立てた己の刀に掴まるようにしてずるずると地面に膝をつく。でも左手はだらりと下げ、右手のみで剣の柄に額を預ける様子が痛々しい。

「高杉さん!アンタ僕のせいで斬られっ……止血!止血しなきゃ!」

 ずるりと身体を低くして膝をついた高杉の傍らに、即座に座り込むのは新八だった。
 急ぎ高杉の怪我を確かめる。黒の陣羽織ごと斬られた傷口は赤く肉を見せている。骨には届いていないが、鋭い真剣で斬られた為に出血が酷い。

「ごめんなさい、僕のせいで高杉さんが……高杉さんが、」

 半ば泣きそうになりながら、新八はためらいなく己の額を守るための鉢金を外した。鉢金部分をかなぐり捨て、白布だけにしたそれを高杉の傷口にぐるりと巻いてきつく縛り上げる。
 その痛みに物も言わず顔をしかめ、だけど高杉は微かに笑った。

「何言ってやがる。俺が弱えからだ。ちゃんと……殺しとくべきだった」
「違う……違います!殺すとか殺さないじゃなくて、僕を助けに来なきゃ、高杉さんは……ごめんなさい。本当にごめんなさい……」


 高杉の言葉には嘘も強がりも毛頭なかった。今こうして斬られたのは、遠くの敵陣へと急く心にかまけ、目の前の敵の底力を見誤った証拠なのだ。なのに、新八は高杉に謝ることを止めない。
 その悲痛に満ちた顔を見ていれば、いくら高杉だとて分かる。新八のその苦痛。自分が斬られるより、高杉が斬られた事の方が、余程“痛い”に違いないのだ。

 止血の為に当てられた新八の白布が、即座に血の赤に染まっていく。血を吸って重く、より黒々とした陣羽織に包まれた己の左腕を見下ろしてから、高杉は新八を見つめた。

「斬られたことは仕方ねえ。だが傷口は深くねェ。まだ……闘える。俺ァ敵を斬る」

 たとえ四肢をもがれようと、高杉は敵と闘う覚悟をとっくに決めている。これくらいの怪我で鬼兵隊の総督を名乗る男が立ち止まってはいられない。
 けれど、そう宣言した矢先に叱責が飛んでくるとは誰も思わないだろう。それはこの高杉だとて同じく。

「バカですかアンタは!何言ってんの!いくら高杉さんだからって、両手が揃ってなきゃ刀は満足に扱えませんよ!刀と敵を舐めんじゃねーよ!早く僕の後ろに回ってください!」

 さっきまで泣きそうになっていた筈の少年は、もう決然と剣を取っている。高杉のみならず、そちらこそ決死の覚悟を決めたその様子。
 そして高杉を大喝するなり、己の後ろにいろなどと新八は言う。こんな新八の気迫には、さすがの高杉も一瞬は呆気に取られざるを得なかった。

「は……寝言は寝て言え。誰がテメェの指図に従うか」

 それでも高杉は高杉だからして、どうしても皮肉を挟まずにはいられない。なのに新八はブンブンと首を振って、そんな高杉の性分すら看過しない構えなのだった。高杉の言い分などもはや聞いてもいやしない。

 その上、前方にあった茂みから敵軍の天人が二名も飛び出してきたから尚更である。