「紀柳院・北川、落ち着いて聞いて欲しい。ゼノク隊員は全滅に近い状態だ」
全滅――?
西澤から来た連絡は信じられないものだった。音声にノイズが混じっている。
西澤の背後はどこか慌ただしい。司令室ではない場所から連絡している模様。
鼎は動揺を隠せないでいる。
ここでいう「全滅」とは、7割以上戦闘不能ということを意味する。
ゼノクは本部・支部に比べて隊員の人数が少ないため、今現在のゼノクは壊滅的とも言える。
研究施設襲撃により、施設にいる研究者も負傷したと聞いた。
研究者の負傷者自体は少ないが、特に被害が大きい1階・2階の研究員はほとんど避難に間に合わず襲撃に巻き込まれた。
「室長と陽一さんは無事なのか!?」
慌てて聞く鼎。
「今必死に畝黒(うねぐろ)を捜索中。2人が着いた頃には研究施設は破壊された。破壊と言っても、ゼノク研究施設は要塞みたいなもんだから壊されたのはほんの一部だ」
ここで鼎が意を決して切り込む。
「西澤室長…お言葉ですが…。悠長にしていられませんよね?
負傷者多数で長官まで負傷したとなると…ゼノクは誰が指揮しているんですか?」
「俺も負傷者の手当てに回っている。憐鶴(れんかく)と二階堂は重傷だ。指揮なんて到底出来ない。指揮者は不在なんだ。
こっちはそれどころじゃないからね。…そこでだ」
――そこで?
「紀柳院・北川、君たち2人に一時的に指揮権を譲ることにする。
長官負傷・憐鶴も負傷した今、ゼノクをゼルフェノアを委ねられるのは本部にいる君たちしかいない」
それはつまり、一時的に全権を本部に移すということを意味しているのか?
「東京に出現した怪人は全て殲滅したようだね。御堂達は優秀だよ。
今から本部のモニターをゼノクのライブ映像に切り替える。研究施設の惨状にショックを受けるかもしれないが…これが現実だから…。
要塞化と防衛システムを持ってしても、畝黒に破られてしまった。宇崎と陽一だけでは持たないかもしれない。宇崎は研究者だ、戦闘に不向きなのはわかっているよね」
少しして、モニターが切り替わった。そこには目を疑うような光景が映し出された。
ゼノク本館を始めとする、メイン施設はノーダメージなのだが研究施設に関しては1階・2階部分が激しく損傷している。
北川は画像を拡大した。
「こりゃあひどい…。1階の被害が甚大だ。
畝黒の威力は畏怖すらも感じる…。どうやったらこんなことになるんだ…」
「…北川さん、私達でゼノクの指揮も出来るのでしょうか…」
鼎は不安そうな声を出す。
ゼノクの指揮まで西澤から委ねられるとは。状況が状況なだけに受け入れるしかないが、心の整理がまだ出来てない。
そんな中、御堂から通信が入った。
「鼎!怪人殲滅完了したぞ!次はどうしたらいい!?」
「……今から高速輸送機を出す。晴斗と共にゼノクへ行って貰いたい。他に戦力が必要なら人員を増やしても構わないよ。
室長と陽一さんは先にゼノク研究施設へと到着した。
……ゼノク研究施設は今現在、指揮が回らないほど大変な事態になっている」
「何が起きてんだよ!?説明しろって!!ゼノクで何があったんだ。…畝黒か!?やつは何を…」
「ゼノク隊員は畝黒怪人態の猛攻でほぼ全滅状態。長官は負傷。憐鶴と二階堂は重傷だと聞いた。
研究員も負傷者多数で指揮どころじゃない」
「ゼノクもカツカツじゃねーか!わかった。至急向かうことにする。輸送機って…あれか?」
御堂は上空を見た。そこには小型の高速輸送機が。これなら垂直離着陸可能なため、滑走路がないゼノクでも本館屋上のヘリポートで離着陸出来る。
輸送機はゆっくりと着陸した。
御堂は早速乗り込む。囃(はやし)と鶴屋は見送ったのだが。
「囃は乗らないのかっ!!」
ぶっきらぼうに言う御堂。
「俺って必要か?邪魔にならないかねぇ」
すっとぼける囃。
「お前のブレードの威力を試す時が来ただろうがよ。蛟(みずち)の発動…あれ100パーじゃないよな」
ちっ。和希にはバレてたか…。
そうだよあれは100%じゃねぇ。発動100パーは消耗半端ないから滅多に使わないんだよ。
囃は渋々乗り込んだ。やがて輸送機は晴斗を乗せるべく、次の地点へ向かった。
輸送機がくる間、晴斗もこのことを鼎から聞いていた。淡々と通信する2人。
晴斗は明らかに動揺している。
「鼎さん、至急ゼノクへ向かえって…。うん、わかったよ。
ゼノクの状況…聞いてたら胸が痛くなってきた…。指揮どころじゃないって…。精鋭全員戦闘不能ってヤバいんじゃ…。長官もやられたの…?」
「晴斗の力がどうしても必要なんだ。和希も輸送機に乗っている。もしかしたら囃もいるかもな。そこは和希に任せたから…」
ゼルフェノアの全権を西澤室長が一時的に鼎さんと北川さんに移行した話は衝撃的だった。
西澤室長も手一杯なんだ。
ゼノクの被害が深刻なためだが、鼎さん…平静を装おうとしてるけど声が震えてる…。
「室長と陽一さんが研究施設で畝黒を探してるんだ。今のところ通信は入ってない。
輸送機が来たらすぐに乗って欲しいんだ。畝黒の威力は尋常じゃない。高速輸送機を手配したのはそのためだ。地下の最高機密にアクセスされたら…全てが終わる」
めちゃめちゃヤバいじゃないか!!
地下の組織の最高機密にアクセスされたら全てが終わるって…。噂に聞いてるあの部屋なのかなぁ。限られた人しか行けない、あのフロアのことだよね…。
「晴斗、陽一と共に戦う形になるな」
「父さんが来たってことは、北川元司令もいたりする?」
「司令室にいるよ。本部のサポートをしてくれている」
「…よ、良かったぁ。鼎さんだけかと思っていたから…」
「そんなはずないだろうに。私だって全権いきなり委ねられてプレッシャーが半端ないんだ。
緊急とはいえ、前代未聞だからね。北川さんがいなかったら…私は重圧に押し潰されてたよ」
やがて輸送機が到着。晴斗は輸送機に乗り込んだ。御堂と囃が機内にいた。
「桐谷さん・神(じん)さん、行ってくるよ」
「生きて帰ってきてくださいね。私はそれしか言えませんから」
「紀柳院も戦ってるんだ。応えてやれよ」
神の珍しく優しい言葉。神なりの優しさらしい。
高速輸送機はゼノクへと向かう。
この様子を見ている隊員達がいた。上空のどこかへ向かう高速輸送機を見つめるのは彩音と梓。
「あれ…高速輸送機だ。どこへ向かうんだろ」
「方向からしてゼノクじゃないか?東京の怪人は全て殲滅したと報告が入ったな。
…ラスボス様のところへ向かったのかもしれないぞ。ちょっと前にうちの組織のヘリもゼノク方向へ飛んでいたじゃないか」
そこにいちかが。
「このシェルターの手当て、一段落しましたっす!」
「いちか、ありがとね。助かったよ。一段落ついたから本部へ戻ろうか」
霧人達バイク隊も救護応援が一段落ついた模様。
「東京の怪人は全て殲滅したんだと。あらかた市民の手当ての応援は落ち着いたし、あとは救護隊に任せて撤収するぞ」
「救護隊…少しは落ち着いてきたんですか」
「周りを見てみろ。そこそこ落ち着いている。
俺達は救護隊員じゃないし、人手が足りないから応援に来てただけだろ。本職はバイク隊だからな。パトロールしながら本部へ戻るぞ」
「渋谷隊長、了解です」
バイク隊はパトロールも兼ねながら撤収を開始した。
新人隊員を引率しながら本部へ撤退した氷見は疲れていた。
急とはいえ、副隊長はムチャブリをする…。
なんとか本部へ到着した新人隊員の一部と氷見は解析班の朝倉に迎えられた。
「おかえり。よく頑張ったね。ほらほら今のうちに休んで。こっちはもう大丈夫だと思うけどさ…」
「えーと、朝倉チーフでしたっけ。どういうことですか」
朝倉は複雑そうな表情を見せた。
「君たち新人隊員に言うのも躊躇うんだけど、『ゼノク』という長官がいる場所…あるでしょう。
そこが桁違いに強い怪人1人によってめちゃめちゃにされて大変なの。ごめん…。言わない方が良かったかな…」
「そ、そんなことないですよ…。過酷なんですね…怪人と戦うのは…」
「解析班の私が言っても説得力…ないよね…」
桐谷と神も撤退。組織車両内はどこか気まずい。
「晴斗くん、行ってしまいましたね」
「健闘を祈るしかないだろう。あのブレード…ただのブレードじゃないと聞いたが」
「対怪人用ブレードは稀に、例外的な力を発揮するものもあるんですよ。
晴斗くんのブレードと鼎さんのブレードはそれに該当します」
「補佐って戦えないのに、ブレードはそのままあるんだ…」
「鼎さんのブレードは例外中の例外なんです。御堂さんと晴斗くんがなぜか発動を使えますから。
どうやら鼎さんと繋がりが深い人だけ、それが出来るみたいです。
…不思議ですよね。…ブレードは基本的に本人以外は使いこなせないように出来てるのに」
「それ、聞いたことある。対怪人用ブレードは刀鍛治と科学技術の融合で出来てるとか…」
そう、対怪人用ブレードは謎テクノロジーで出来ている代物なのだ。
刀鍛治と科学技術の融合で出来ている、奇跡のような装備。詳細は明かせないが、ブレードにはそれぞれ銘も付いている。
実は全てのブレードは発動することが出来るのだが、使い手によっては消耗に個人差があるため、発動を使わないで戦う隊員も多い。
発動すると通常時から特性が変わるものもある。
例として、仁科の澄霞(すみかすみ)は発動すると使い手は高速移動が可能となる。
囃の蛟も発動するとひと振りで広範囲攻撃が出来るようになる。これは衝撃波が拡大するため。
研究施設。宇崎と陽一は慎重に捜索中。
「陽一、エレベーターは生きてるようだな。2基とも生きている」
2基あるエレベーターのうち、ひとつは最高機密のある地下5階へと直結しているが、パスワードがないと行けないシステム。
パスワードを3回間違うとロックがかかってしまい、24時間解除は不可能。
「宇崎。階段で行かないか」
「階段ねぇ」
階段では地下5階へは行けないはずだが…。しかし、やつはどこにいる?
ゼノク隣接組織直属病院。
病院では野戦病院のような修羅場と化していた。次々と運ばれる怪我人。病院もギリギリな状態だった。
西澤も手当てをする。
とある病室の特別室。そこには長官がいた。長官は激しいダメージを受けた左腕の義手を見つめている。
右腕の義手もかなりのダメージを受けている。
戦闘中、気づいたら血まみれになっていた。爆破の影響もあるのだろう。致命傷は免れたが。
ベッドの横には南がいた。
南は頭と腕に包帯が巻かれていた。彼も畝黒によって負傷したひとり。
「長官…ゼノクに……ゼルフェノアに未来はあるんでしょうか…」
「希望を持つんだ。こんな状況下でも諦めずに戦っている隊員がいるだろう。諦めてはいけない…」
長官は辛そうだ。
高速輸送機はゼノクへと到着した。晴斗は研究施設の惨状に戦慄する。
――なんなんだよ、これ…。
「晴斗、これまでのラスボス様とは明らかに被害状況が違うだろ。覚悟は決めたよな」
御堂は普段通りに話しかける。
「……うん」