キャサリンさんとアリフレイトさん

「行ってらっしゃい、アリフレイトさん。今日もパトロール頑張って下さいね!私、お菓子を作って待っていますから。」

今日も彼女の柔らかな微笑みに心が洗われる。自らの声で日々募る感謝の気持ちと、この世界さえ満たせる程の彼女への愛を囁けないのが本当に悔やまれる。
この喉を掻き切られた事を後悔する日が来ようとは、彼女に出逢うまでは思いもしなかった。


キャサリンさんに見送られて家を出るが、実の所、最近パトロールは殆ど部下に任せている。あの美しい女神を家にそのまま一人置いておくなど、狼の群れのど真ん中に美味しい肉を放り込むに等しい。
ほら今だって、あどけない少女の様な笑みを浮かべながらキッチンに立って洗い物をしているが、窓から覗くその麗しい姿に花も木も鳥も猫も太陽も、蛇も蜘蛛も並ゾンビも彼女のストーカーも釘付けだ。

あのストーカーゾンビ野郎、ここ三日程キャサリンさんを、街灯の影から穴が開くくらい見詰めている様だが…。
最初はただの通りすがりかと思っていたが、誰の許可を得て三日も女神を見詰めているのか。
例え女神が許そうとも、俺は許しはしない。後で血祭りにあげてやる。

ストーカーはさておき、キャサリンさんはパトロールに行っている筈の俺の為にお菓子を作り始めている。行っている筈というか、これも立派な公務、立派なパトロールだが、キャサリンさんを狙う不埒な輩が多過ぎてなかなか他の地区まで脚が伸ばせない。
キャサリンさんはこのモンスタータウンに舞い降りた可憐な奇跡、美しき女神なのだから仕方ない事だが、嗚呼、本当にキャサリンさんからは目が離せない。

キャサリンさんを視姦していたストーカー野郎は近くの公園まで引きずって行き、その腐りきった身体を解体してやった。無線で部下を呼び出し、四肢を引き裂かれただの死体に成り下がったゴミを片付ける様に命じる。

家の近くに戻るとキャサリンさんがパイ生地を伸ばしているのが見えた。近くに桃もおいてあるから今日はピーチパイだろう。
俺は特別甘いものが好きという訳ではないのだが、キャサリンさんが作るものだけは別だ。
作って貰えるというだけでも天に召される勢いで嬉しいのに、キャサリンさんの作る物はキャサリンさん同様、見た目は美しく、しかも美味しいのだ。キャサリンさんの作ったものであれば例え消し炭であっても誰かに一口であっても渡す事はしないけれど。
流石このモンスタータウンに舞い降りた女神だ。

この感動を今すぐにでも記録として残さねばと思い、手に持ったカメラで彼女を撮影する。
俺の部屋には隠し部屋が作ってあり、そこにはキャサリンさんに一目惚れしてからのアルバムが所狭しと並べてある。今は19冊目のアルバムを作成中だ。
本来なら三桁に突入している筈なのだが女神の気品は写真からも滲み出るとはいえ、本物に打ち勝つ事は決してないためレンズ越しや写真ではなく実際のキャサリンさんを目に焼き付ける様に心掛けている。

ふと気が付くと、家を出てから既に6時間近く経っていた。有意義で楽しいと感じる事を行っていると、時間が経つのが早いのだとよく言うが、それを俺が実感したのもキャサリンさんと出逢ってからだった。
ティータイムには遅い時間で、とっくにパイを焼き上げリビングで紅茶を飲んでいるキャサリンさんは頻りに玄関や家の外を気にしている。俺の事を待ち侘びているに違いない。


キャサリンさんに好かれている自覚はある。

彼女の理想とする、紳士的な王子や騎士として振る舞い彼女の心を射止めるよう全力を尽くしたのだ。
付き合っている今もその努力を怠るつもりはない。

永遠に彼女は俺のものだ。

酷く損傷した喉から乾いた息が漏れる。
ガスマスクに隠された口元はきっとチェシャ猫のような弧を描いているだろう。

ガスマスクの下が爽やかな微笑みとなる様に意識しながらキャサリンさんのもとへと脚を急がせた。




【速報】
本日15時頃キャサリンさんに向かって飛んでいく蝿を目撃したアリフレト氏により指弾が炸裂し、蝿が一匹四散した模様です。
皆様、蝿の二の舞とならないように御注意下さい。
嗚呼、今日もキャサリンさんは美しい。


……………。

忌ま忌ましいゾンビハンターめが。身の程を知らず俺達に手を出したのが、運の尽きだと、思い知るがいい。
自らの浅はかさと脆弱さを恨み、死者によって死に絶えろ。

街から外れたこの世界の端にある空間の歪みから満月になる度、虫の様にワラワラと湧いて出るハンター達。
何人、いや何十人切り捨て撃ち殺し四肢を引き裂いても奴らは懲りずにこちらへ這い出て来る。こちらへ来て俺達を攻撃をしてきた奴らは残らず殲滅しているから、こちらへ来ても無駄だと伝える奴がいないのだろうか。
そう思案しながら振り上げられた大剣を必要最低限の動きで躱し、手に持っているサバイバルナイフを横に凪ぐ。首筋を切り裂かれた大剣の持ち主は血を撒き散らし呆気なく崩れ落ちた。



この世界に産み落とされた者は、事故や他殺で死んでしまい、その時にやり残した事、やりたかった事があり、想いを遂げたかったと強く願った者が、もう一度やり直す事が出来るそんな場所だと誰かが言っていた。
例えもう一度やり直せたとしても、もう、人間ではなくなってしまうのだが。

俺は遂げたかった想いもやりたかった事もやり残した事も、思い付かない、性格には思い出せない。もし持っていたのだとしたら忘れてしまった。最初からそんなモノが本当にあったのかどうかだって疑わしい。
今はただただ俺達に、この世界に喧嘩を吹っかけてくる虫けらを殺して回っているだけだ。

辺りを見回すと、もう息をしているハンターは居なかった。こいつらにこの世界へ復活をされても面倒だったから部下に死体を細かく解体し処理をしておく様に指示をだして、俺は一人 街へと戻る事にした。

僅かだが浴びてしまった返り血が、酷く気持ち悪かった。すぐにでもシャワーが浴びたくて、帰路を急いだ。



煉瓦敷の街モンスタータウン。このモンスタータウンは、二つの空間に別れている。街に敷かれた煉瓦から一歩外へ出ればそこは殺伐とした荒野、一度死んでいるはずのアンデットすら生死の保障などない。気を抜けば今度こそ、ただの死体と成り果てる濃密な終焉の香りを漂わせた悪所だ。


ゾンビハンター達をただの肉塊に変えていった場所は、満月になる度に生きている人々が住む現世の世界とこの世界を繋ぐ扉が開く。
何のために二つの世界が満月の度に繋がるのかは解らないが、何にせよ非常に迷惑な話だ。
コチラの世界の質の悪い奴らが、アチラヘと乗り込んで人を浚って凌辱したり、殺したり、盗みを働いたりなど、悪質な事をしているのは知っているし止める気もなかった。
しかし、恐らくだがソイツらが原因でゾンビハンター達がコチラへ来ているようだ思い始めてからは、事前にコチラで始末をつける様にした。
けれどゾンビハンターは未だに現れる。生きている人々が恐怖を拭うためだけでは、決してないのだろう。
多くのゾンビハンター達の目は、血に飢え、そして血に酔っていた。


そういう奴らがコチラで生まれ変わると、アチラの世界を荒らし回る奴らになるのだろう。
どうでも良いが、ただ面倒だと、そう思って空を仰いだ。




荒野から煉瓦敷の街へ入る。煉瓦を歩く自らの靴音が耳に心地好い。
家までもう少しだという十字路に差し掛かったその時、俺の目の前を女神が通り過ぎた。



フワリと軽やかに風に靡くブロンド。血の気は失っているのに春の陽射しのような温かみが残る白く美しい肌。しかし唇はばら色に色付いている。
腐敗し骨が剥き出しになった、口元とこめかみと手と足と…。それらは象牙の様なと表現すれば良いのだろうか。とても美しかった。


彼女が俺の目の前に現れたその瞬間に俺の見える世界は、色を、意味を、価値を変えていった。

彼女に出逢う為に、俺はこのモンスターズ・タウンで生まれ変わったのだと、そう思った。

俺が捧げる事が出来る総ての時間を、彼女のために…。
俺は、そう心に決めた。




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【速報】
アリフレイトさんの心と頭に春が訪れた様でry


……………。




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