平筆8号

榊はもう寝てしまった。
僕は昼間に煽った酒にあたったのか、夕方からブルーだった。
図書館から借りた小説も読み終わり(自分には好きとも嫌いとも決め難い振れ幅のあるものだった。だがやや否定寄りか)、しかし寝るには至れず、ふと思いついた。絵が描きたいと。

いつぶりだろうか。
描きたいと思うことは何度もあったが、実際に描くことはなかった。いや、描こうとしたことはあったが、絵筆をおろした瞬間に、違う、と感じてもどかしくなってやめたことが何度かあった。あの頃は自分の不安定さに気づけてなかった類いの不安定さがあった。
今の不安定さは違う。
気づけてる不安定さだ。だから、描きたいなら描けばいいだけだ。違和感を感じることはない。むしろ救いになると思った。

幸い榊は寝てしまった。
僕は人前で、人の動的気配のあるところで、絵を描くことはできない。
かつては本当に物理的に一人にならないと描けないほどだった。それも約束された完全確実な一人。
だから寝られてるだけで描けるのはすごいこと。
榊との間に横たわるものがそこまでなくなったということか。もうほぼほぼ一つといってもいいくらいではないだろうか。

そしてとても珍しいことに今回は人物画を描いた(かつてなら植物や自然、陶器などの雑貨など)。ファッション雑誌のピンナップを模写し、水彩絵の具で色づけた。

大した画材は使ってない。ただ気に入っただけのものを使ってる。
赤い蓋のホルベインの24色絵の具と、8号の平筆。
丸筆も細筆もあるが、平筆が一番好きで、無理やりにでも使って描く。描いた。

ミカドアゲハ

窓の外をチラチラと影が舞っていた。しかし、さして気にも留めずにいた。

ふと改めて目を向けると、ベランダの手すりの根元にミカドアゲハが休んでいた。
朝方降っていた雨はすっかりやんで、うっすらと雲から光が透けていた。
ミカドアゲハは羽根を180°めいっぱいに広げ、太陽に向けているようなやや不思議な角度で、じっとしていた。

ぱた、り。

羽を閉じ開きした。記憶にあるその動きよりかなり鈍く見えた。雨に濡れた羽を乾かし休んでいるのか。

死にまつわる生き物と知っていても、それにうちを選んでくれたことを少し嬉しく思った。
どこかへ向かう途中なのかもしれない。

しばらく静かにその背中を見守っていた。

中央図書館と雉鳩

先週、今週と大きめの図書館まで足を伸ばして休日を過ごしている。
好奇心をくすぐるには十分すぎる蔵書の量。

館内ではほとんど別行動だけれど、たまにすれ違ったらアイコンタクトしたり、疲れたらソファ席のようなところで一緒に貸出不可の大判書籍を眺めたり。


今週、また図書館に向かっていると、この前とは違うルートで歩いていたら
歴史のありそうな練り物屋ともつ串屋と神社を見つけた。

境内には大黒様を祀った神社とお稲荷様が並んでいた。
土地柄、商売のためのものだろう。

軽く参拝し、「夢みくじ」という響きに柄にもなく惹かれ、ふたりで引いた。結果は揃って中吉。


ふと屋根を見上げれば

「あ。雉鳩。」

「ホントだ!」

彫刻みたいな羽の鱗模様が変わらず和的に美しかった。

遠のく

「お前、SやKの時は、うるさい、って怒鳴るほどゲラゲラ笑って電話してんのに、まったくなのな(笑)」
全然楽しそうじゃなかった、と榊。
クーラーのない別室にいたから、倒れたのか心配にもなったとも。


盆シーズンによる、せっかくのノー残業ウィーク。
一緒にいられる時間を二時間も(諸々込みだと四時間近く)、知人の電話に奪われたのだ。

電話開始の約束の時間を身勝手すぎる都合で急遽繰り下げられ、
話は、こちらの回答関係なく、本人の思考そのままの無限ループを繰り返し、もはや会話ではなかった。

僕はゴミ溜めか。

自分が病んでくるし、荒んでもくる。あまりにアホらしくなって。



就寝準備万端な寝室に倒れこめば、榊は

「おつかれさん。」

と労ってくれるだけ。

榊はちっとも責めないんだ。

モザイクの夏

茄子、オクラ、キャベツのペペロンチーノ。
トマ缶をきらしていたので、トマトは生。

彩りが麗しい。オイルをまとってツヤツヤして、ガラス細工や宝石のような涼やかな見た目。
一方、味はニンニクがっつりで目が覚める。パスタを繰るフォークが止まらなくなる。



最近はTVで見る肉に食欲をそそられるまでに回復した。

「あぁ、涼しくなったしね」と榊。

そうか食欲なかったのは暑かったからか。
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