手袋

無事家に辿り着くや、荷物を置き、上着や防寒着を脱いだ。
それらを分別しながら山にし直し、いろいろと確認して、気づいた。

「…手袋が、片方ない」


何度改めても片方しかなかった。
途中までその感触を覚えてるが、生活圏に入ったあたりから自信がない。通過地点の報告をするのに何度も外していたから。
遠くないとはいえは、降り続く雪に消されるか、誰かに幸か不幸か拾われて、わからなくなってしまうか。

せっかくやっと帰って来たのに、また雪の中に戻ることにした。
果てない道のりを思いながら玄関を飛び出した。
駐輪場にさしかかったら、なんてことない。雪の淵にポンと落ちていた。


黒いカワの手袋。榊の海外研修のお土産だった。蚤の市みたいなところで買ってくれたという。お揃いだった。中はファーで、あたたかい。そうして今日も僕を守ってくれた。


大げさではなく、抱きしめて、家に急いで戻った。

月と星、灯台

紆余曲折あり、ターミナル駅から徒歩で帰った。
休日にその近くまでウォーキングしているので、諸々の心配はなかった。

心配に堪えかねて迎えに出てこようとする榊を制し、1時間歩いた。

吹雪く中、大橋を渡り、左右上流下流どちらも景色がかき消され、真っ暗で。浮かぶ河川敷の物言わぬ白さ。なんとも恐ろしくなった。
闇も、むっと黙りこんだ景色も、どちらも怖い。

震災の停電を思い出す。
駅から文字通り一歩先は何一つ明かりがない真っ暗で、立ち並ぶビルが高いところから物陰を執拗に塗り重ねてきた。
壁のように立ちはだかる闇に僕は怯えて動けなかった。復帰を待つしかないと諦めていたら、榊がその闇の中を一人、迎えに来てくれた。それを思い出す。

大丈夫。今日はいつもの装備に加えてたまたま耳あてもしてて、露出が少ない。寒くもなんともない。(榊は家の少し先まで出ていたが、顔が痛くてツラかったと言っていた)長靴も機能性のもので、濡れも冷えも一切しなかった。

雪に景色が奪われて、相当慣れた道でも何度か迷った。どこかで落ち合おうとするのは危険だった。
幾分遠回りでも、確実に安全に帰れるように、と大通りや絶対に間違わない路地を選んで帰っていった。

家にいてくれればいい。それで僕は帰れる。引力のような優しいちから、灯台のような安心できる動かぬあかりを思った。

充電の持つ限り、しつこく通過地点を知らせ、1時間ほどでたどり着いた。
家の近くになって、榊が風呂に湯を溜め始めてくれていた。
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