続きです
「……そんなことだろうとは思ったけどね……」
練兵場に現れたフレンは、オレを見るなり深々とため息を吐いてうなだれた。
今日は訓練が休みだ。週に一度の休日なわけだが、オレは着替えて下町に戻るでも、部屋に篭って大人しくするでもなく、相変わらず女性騎士の姿をして、いつも指導をしているこの場所へ来ていた。
オレは手に愛刀を携えている。
普段、騎士の姿のときはこの刀を使わない。
それだけでフレンは全てを察したようだった。
ちなみに、肩当てや手甲といった防具の類も身につけてない。
支障があるわけじゃないが、オレ本来のスタイルには、合わない。
「なにがっかりしてんだよ」
「うるさいな。少しは期待した僕が馬鹿みたいじゃないか!」
「期待〜?何に期待したんだよ?」
ニヤニヤしながら刀をぶらつかせるオレを、じっとりした眼で見るフレンがなんだか幼くて、思わず吹き出す。
「何笑ってるんだ」
「いやあ、騎士団長様は大変だなー、と思ってさ」
「…なんの話かわからないな」
「そんなんじゃ溜まるだろ?…色々と、さ」
わざとらしく言ってやれば、フレンよりも先に後ろの女共から悲鳴が上がった。
「…っ、この…!どういうつもりだ!!」
顔を真っ赤にしてフレンが叫ぶ。
そう、ここにいるのはオレとフレンだけじゃない。
指導してやってる奴らの他に、十人ほどの騎士やら使用人やらといった「見物客」がいた。
ちなみに、今までのオレ達の会話は当然のことながら、周りの奴らにも聞こえている。
「いやぁ、せっかくの休みだし?たまには『恋人』らしいこと、しようかと思って」
今度は騎士連中から一斉にため息が吐き出された。
「ああやっぱり…」とか「なんだ、痴話喧嘩じゃないのか…」とかなんとか嘆いている。
「…恋人らしいことと、今のこの状況と、どんな関係があるのか説明してもらおうかな」
…フレンも開き直ったか。
本来は、恋人だと「勘違い」させるつもりじゃなかったか、確か。
今までの言い回しじゃ、完全に恋人認定だよな、これ。もう、否定する気もないってことか。
まあ、今更そんなことはどうでもいい。
「だからさ、こいつらに見せつけてやろうぜ」
「…何を」
「『帝国最強のバカップル』っぷりを、だよ」
「…………全く…」
どよどよと騒がしいギャラリーの中から、一人の女性騎士が現れた。
オレが今回、ちょっとした頼み事をした奴だ。
「よう、手伝ってくれてありがとな」
「…あなたのためではありません」
「ソディア!?君まで…」
「団長の名誉をお守りするためです。…申し訳ありませんが、今回はか…のじょ、に協力させて頂きます」
「え、意味がわからな」
「いいからいいから!…ほら、いいかげん構えろよ」
オレはフレンから少し距離を取り、刀の鞘を弾き飛ばした。抜き身の刀を握り直すと、切っ先をフレンに向ける。
「手加減なし…と言いたいところだが、あんま大怪我されても面倒だからな。新人共にお手本見せてやる、ぐらいで構わないよな?」
「…大怪我させられる?僕が、君に?馬鹿言わないでくれ。手加減しなきゃ、君を傷付けてしまうよ」
フレンの瞳が細められ、静かに剣が抜き放たれた。
「……言ってくれんじゃねえか」
「『女性』には優しくしないとね」
「ふん…」
刀を構えたまま、ゆっくり腰を落とす。軸足に力を込めると、地面を擦る音がやけに耳に響いた。
フレンも一歩足を引き、剣を身体の正面に据える。
その向こうからオレを捉える空色の瞳に射抜かれて、背筋に喩えようのない快感が走るのを感じた。
堪らない。
フレンでなければ、この高揚を得ることはできない。
渇いた唇を軽く舐めたら、フレンの眉が一瞬だけ歪んだ。
それが互いの合図になった。
「行くぜ!!!」
「行くよ!!!」
同時に地面を蹴って、一気に距離を詰める。
フレンの剣が振り下ろされるのを鍔で受けると同時に刀身を滑らせて受け流し、上体を捻りつつフレンの足元から刀を振り上げた。
僅かに引いて切っ先を躱したフレンの剣がオレの胴を薙ぐ寸前で後ろに回り込み、振り上げた刀を回転させて再び斬り上げる…が、フレンは完全に動きを読んでいる。
こちらを振り向くことなく身体を回転させ、オレに向き直ると下段から剣を突き上げてきた。
オレは斬り上げた手首を反して刀身を翻し、フレンの剣を抑えつけるが、フレンはそのまま踏み込んでオレの刀を掬い上げる。
互いの武器が胸と胸の間で交差し、息がかかるほど近くに顔を寄せれば、フレンの口元に笑みが浮かんだ。
「相変わらず、変則的な動きが得意だな」
「そうか?全部躱しといてよく言うぜ」
「避けるだけで精一杯だよ」
「へっ、デスクワークで腕が落ちてねえか心配だったが、余計な世話みたいだった……なッッ!!」
合わせた刀に力を込めると同時に後方に飛び退き、再び距離を取る。
フレンも同様に、退がると同時に構えを正した。
「…君こそ、『いつもの』感覚は忘れてないみたいだね」
「いやあ、危なかったぜ?そろそろ忘れちまいそうだったんだよなあ」
「だったら……思い出させてあげるよ!!」
一瞬で間合いを詰めたフレンが、一気呵成に畳み掛ける。
全てをギリギリで受け流し、躱しながら、どうしようもなく身体が昂ぶるのを感じていた。
一撃ごとに、フレンの剣に重さが増す。
まともに受ければ痺れる腕の痛みさえ、快感でしかない。
オレにとって、フレンだけが本気になれる相手なんだと思い知る。
フレンはどうなんだ?
おまえも、本気になってるか?
そう尋ねる代わりに視線を送れば、戸惑うような、恍惚としたような瞳がオレを捉えて離さない。
「フレン…」
剣戟に掻き消されると思った呟きは、しっかりと届いてしまったらしい。
フレンの表情が一変した。
「くっ…!」
小さく呻いたと思ったら、上段から渾身の一撃が降ってきた。
神速のそれをまともに受け止めてしまって、地面に片膝を付く。刀身を支える腕にとんでもない重さがかかり、柄を握る指が軋む。
押し返せない。
奥歯をきつく噛み締めてゆっくりと見上げた先には、どこか情欲に濡れたような空色が揺れていた。
「っぐ……!!」
「は…っ、そろそろ、終わり、かな……!!」
ぎりぎりと押し付ける力に、オレの腕が徐々に下がる。
「ぐうっ……く、この、馬鹿力、が………ッッ!!」
「っ!!?」
一瞬、全身の力を全て弛緩させる。
支点を失ったフレンが、自らの力で勢い良くオレの頭上に剣もろとも倒れ込んでくる前に、オレは片手を軸に身体を地面すれすれのところで回転させ、素早く反対側に摺り抜けて顔を上げる。
フレンも受け身を取ってこちらを振り返った。
瞬間、互いの視線がひとつになる。
「うおおおぉ!!!」
「でりゃああ!!!」
直後、低い体勢から二人同時に、相手に向かって最後の一撃を繰り出した。
オレの切っ先は、フレンの喉元に。
フレンの剣は、オレの首筋に。
それぞれに止めの姿勢のまま微塵も動けないオレ達は、周囲の凄まじい歓声と拍手によって、現実に引き戻されたのだった。
「くっそー、まだ腕が痺れてやがる…」
「…僕はもう、膝が笑ってるよ」
「嘘つけよ…おまえがその程度のわけ、ねえだろ。嫌味か」
「ユーリの動きは予測不能だから、普段と違うところに力がかかるんだ」
「どうだか……ん?」
未だ興奮覚め遣らぬといった観客の中に、件の彼女の姿を見つける。
…隣にいるのは…誰だ?
「ユーリ、どうした?」
「…そのまま、左側見てみろ」
オレの言葉にフレンの表情が険しくなる。
視線をゆっくりと左に移し、フレンはその人物を確認した。
「…………」
「もしかして…騎士団側の」
「…ああ。昨日話したのは、あの男だ」
「やっぱり接触してやがったか…」
何か言葉を交わしているが、さすがに聞こえない。
しばらくすると、男は人垣に身を隠すようにして消えた。
「今まで動きがなかったのに、何故…いや、今だから、か…?」
「…フレン」
「わかってる。そうだな…今夜までには話すことをまとめておくよ」
「団長閣下!!」
「教官殿!!」
その時、遠巻きだった観客連中が一気に走り寄って来て、オレ達はたちまち取り囲まれてしまった。
口々にオレ達を褒め讃え、羨望の眼差しで見つめてくる。
中には、感動で泣き出す奴までいた。
「閣下、私は閣下を誤解していましたッ!!」
「団長、素晴らしい剣技でした!」
「一生ついていきます!!」
「教官、すごいです!団長と互角に渡り合うなんて!」
「お二人の戦う姿、キレイでした……!」
「ああ、私が男だったら…!団長が羨ましいです…」
「お二方はまさに帝国最強のコンビです!!」
「……すげえ人気だな。さすが騎士団長様だ」
オレが笑って言うと、何故かフレンは曖昧な笑顔を浮かべた。
「…君こそ。随分慕われてるんだな」
「そうか?」
「……まあ、いいけど…」
「お疲れ様です、団長!」
「ソディア」
嬉しそうなソディアを前に、フレンは戸惑い気味だ。
「ユーリ…、彼女に頼んだ事というのは、一体…」
「ああ、人を集めてくれるよう頼んだんだよ」
今日、騎士団長のフレンと、新人女性騎士の指導担当教官が手合わせをする。
勉強になることもあるだろうから、興味のあるやつは練兵場に見学に来い。
そう言って声をかけてもらい、観客を募った。
オレが直接動くのは、少々問題があったからな。
「問題?」
「自分のことを言い触らして回るのはどうかと思ってさ」
「これで、不躾な噂はなくなるでしょう。もっとも…」
ソディアがオレとフレンを交互に見て、深くため息を吐いた。
「完全に、お二方が恋人同士である、という別の噂…というか、事実…、で、暫く騒がしいと思いますが…」
「え!?」
「…何今更驚いてんだよ…さんざん自分でもアピールしまくってたじゃねえか」
「…それでは、私は彼らを撤収させますので。失礼します」
走って行ってしまったソディアを呆然と見送るフレンの肩を叩いて、声を掛ける。
「オレ達も戻ろうぜ。さすがに疲れた」
「ユーリ、まだ意味が、よく…」
「よかったな、信頼回復してさ。とりあえず、もう『バカップル』なんて言う奴、いないと思うぜ」
「…まさか、その為に?」
「…さあな」
立ち尽くすフレンに、またあとで、と手を振って、オレは部屋へ戻った。
ーーーーー
続く