続きです
不正な手段を使って、騎士団に入団した女。
その女の入団手続きを内部から手引した男。
当然何らかの繋がりがあって然るべきなわけだが、今のオレはそいつらの関係を知らない。
「あの男のこと、なんかわかったか?」
林檎を囓りながら聞くオレに、フレンは複雑な表情をした。
「わかっている事と、わからない事がある」
「とりあえず、わかってる事だけでいいから話せよ。なんか昨日、ごまかしただろ」
「別にごまかした訳じゃ…」
騎士団内部の協力者がわかった、と言った時、フレンはオレに説明するのを躊躇った。
どうもフレンは、確信が持てるまでは詳しい話をしたがらないきらいがある。
そりゃあ、不確かな話をしたところで憶測の域を出ない上、オレが何か質問しても答えられずに困るのかもしれない。
でもそれはそれで、現状を把握するというか、お互いが情報を共有するという点においては必要なことなんじゃないかとオレは思う。
だいたい、この仕事をする事になった当初もフレンが核心をオレに話していなかったせいで、ちょっとした喧嘩というか…まあ、揉めることになった。
…もういいけどな、解決したから。
だからという訳じゃないが、いまさら妙な気を回されるほうが気持ち悪い。
「おまえさ、たまに気の使い方、間違ってるよな」
「…どういうことかな」
「何か考えがあるのはわかってるが、どうしても話せないようなことなら、最初から話題に出すな。中途半端に聞かされて、気にすんなってほうが無理だろ。…ああ、違うな…」
「ユーリ?」
うまく言えない。最初から話すな、なんて言ったらまた同じことの繰り返しになりそうだ。
「…とにかく、今回の仕事に絡むことで、わかってることはちゃんと話してくれ」
「わかった…。別に隠してたとかごまかしたとかじゃないんだ。うまく説明出来そうになかったから、もう少し自分なりに考えをまとめたかっただけなんだよ」
「で、まとまったのか?」
「うーん…ちょっとまだ、自信はないな。でもとりあえず、わかってることを話しておくよ」
「おー。そうしてくれ」
オレの言葉を受けてフレンが軽く笑う。だがすぐに表情を引き締めて、真っすぐにオレを見据え、話し始めた。
「騎士団内部から不正に手を貸した男なんだが、彼はもともと、ある女性と婚約していた」
「はあ…婚約。それで?」
フレンといい、なんか結婚絡みの話ばっかだな。
適齢期ってやつか?あの男の歳なんか知らないが。
「その婚約は、今回の入団試験のひと月ほどまえに解消されている」
「…ふーん?」
「騎士団で、彼よりも地位の高い男と娘を結婚させたいと考えた相手側から、一方的に婚約破棄されたようだね」
「へえ、気の毒にな」
同情しないでもないが、それがどう関わってくるんだ。
「ちなみに、今回の入団に際して女性のみの隊を編成することが決定されたのも、試験のひと月前だ」
「………」
「もうひとつついでに言うと、僕にしつこい縁談が舞い込んだのもそのぐらいの時期だったな」
忙しいのにほんと迷惑だったよ、なんて言いながらため息を吐くフレンをよそに、オレは今までの話を頭の中で反芻していた。
婚約解消の理由。
もっと地位の高い男?
騎士団に女性のみの隊を編成することが決定された時期と、ほぼ同時に申し込まれたフレンの縁談。
オレの知ってる中で、その相手とやらに当てはまりそうな奴が一人いる。
「もっと地位の高い男ってのはおまえか?…その男の元々の婚約者って、あの女かよ」
「その通りだ。よくわかったね」
わかるだろう、そりゃ。
何なんだその笑顔は。
妙に余裕のある態度に苛つくが、とりあえずまだ腑に落ちない点があるので堪えておく。
「…まあいいけどよ。でもそれ、なんかおかしくないか」
「…どの辺が?」
「だってよ、その話だと男のほうは一方的に婚約解消してきた相手にわざわざ協力して、元婚約相手の女を入団させたんだろ。しかも自分の代わりはフレンだってのに、その近くに好きだった女を……」
「好きだったかどうかなんてわからないだろう」
フレンの言葉に一瞬だけ詰まる。
言われてみればそういうこともあるかもしれない。
「…まあ、ともかく。それにしたって妙な関係じゃねえの?男のほうも何で協力したんだかわからねえし、いまさら二人が接触してんのも謎だろ」
「そうだな」
「…そうだな、ってそれだけかよ」
「だから言っただろう、うまく説明できない、って。彼の目的もまだ不明だ」
「何なんだよ………」
なんだか疲れてしまって、オレは椅子の背もたれに突っ伏した。
確かに話は聞けたが、わからないことが増えただけだ。
「話せって言ったのは君だろ。何を脱力してるんだ」
「そうだけどよ…」
「まあとにかく、僕のほうは彼の様子を見ておく。今日、彼女と何を話していたのかわからないが、何かしら動く可能性は高いからね」
「んじゃまあ、オレはあの女のほうか。…なあ、なんかこっちからカマかけたほうがいいんじゃないか?何て言うか、待つばかりじゃいざって時に後手に回っちまわねえか」
フレンは何か考えていたが、やがて小さく首を振った。
「やっと向こうが動いてくれたんだ。もう暫く慎重にいきたい」
「それはそうなんだけどな…なんかヤな感じするんだよ、あの女…」
大人しいだけかと思ってたが、どうやらキレると危険なタイプらしい。
それに、真面目に訓練を受ける一方で何やら怪しい動きをしておいて、それでもオレを慕う様子が演技には見えないんで気味が悪い。
「元々の相手とどうなんだか知らねえが、おまえとの縁談にも乗り気じゃなかったんだろ。それを大人しく受け入れといて、今頃元・婚約者とどんな用事があるってんだ。相手の男も何のつも、り………」
その時、ふとある考えが浮かんだ。それこそ憶測にしか過ぎないが、可能性は……
「…ユーリ?」
急に黙り込んだオレを、フレンが心配そうな様子で窺う。
「あのさ、あいつら…あの女の親のほうな。奴らが邪魔なのって、オレなんだよな」
「…そうだろうな」
「でも、あいつら自身はどうなんだ?」
「何だって?」
「あの男は、おまえのせいで婚約者を失った。気持ち云々はともかく、馬鹿にされた、ぐらいは思うかもな。で、あの女はオレに懐いてる。でもオレはおまえの『恋人』だな、一応。…おまえさっき、女同士でもわからないとか、そんな事言ったよな」
「言ったけど…」
「あんまり考えたくないが、あの女がオレをそういう目で見てたら?…おまえのこと、邪魔に思うんじゃねえのか。今日は随分と見せ付けてやった事だしな」
「………それは」
眉を寄せて考え込むフレンに、オレはある可能性を示した。
「あの二人が邪魔だと考えてるのは、おまえのことかも知れねえ」
膝の上で組んだ手に顎を乗せ、フレンはじっと考え込んでしまった。
フレンは常に、オレの身に危険が及ばないように気を配ってるが、自分自身はどうなんだろう。
もちろん、そこらの奴に簡単にどうこうはされないだろうが、同じ城内にいる相手だ。不意打ちの可能性だってある。
「…まああくまで可能性ってか、今オレが思っただけなんだがな。おまえも用心しとけよ」
「…わかった。ありがとう、気をつけるよ」
顔を上げて微笑むフレンを見て、少し安心する。
とりあえず気に止めてもらえるならそれでいい。
オレはずっと握りっぱなしだった林檎を、ひと口囓った。
帰り際、窓枠に足をかけたところでフレンに後ろから呼び止められた。
…なんでいつも、この体勢になってから呼ぶんだ、こいつは。
足を降ろして振り返ったところで、右腕をフレンの左腕が掴んだ。
鈍い痛みが走る。
「…っ!」
小さく呻いたオレを見るフレンの表情は、心配そうな、怒っているような、そんな感じだ。
「…昼間の手合わせの時か」
「あー…最後のほうで、まともに受けちまったからな」
刀身を支えた右腕の表面に、赤い筋が走っていた。
無論、切れているわけじゃない。鬱血して痣になりかけてるだけだ。
「なんでわざわざ篭手を外したんだ」
「もともと使ってねえだろ。こんなの、旅してた時はしょっちゅうだったじゃねえか」
掴んだ腕を離さないまま、フレンが小さく息を吐く。
「…明日になったら酷い痣になるよ、これは…。僕はもう、治癒術で怪我を治してあげられないんだ。あまり無茶しないでくれ」
フレンが哀しそうに目を伏せるが、オレは複雑な気分だった。
これはフレンとの手合わせで受けた怪我だ。別にどうとも思ってないが、この怪我のもとになる攻撃の時のフレンは、かなりマジだった気がする。
それで「無茶するな」とか言われても、どうリアクションすりゃいいのかわからない。
「心配してくれんのはいいが、おまえこの時いきなり動きが変わったよな」
「…………!!」
フレンの顔が赤くなる。
…いつもの事だが、こいつのリアクションもいまいちよくわからない。
「別に手加減なしでもいいんだけどさ、オレも咄嗟に受けるので精一杯だったんだよ。無茶とか言われてもなあ」
「……すまない」
「いや別に、謝られる事じゃねえけど。何で急にマジになったんだ?…そういやなんか、一瞬苦しそうだったが…」
顔を上げたフレンがまじまじとオレを見る。
何を言おうか、迷っている感じだ。
「フレン?」
「…そこまで覚えてて、自覚はないのか……」
「はあ?」
「…あの時、僕のこと、呼んだだろう」
言われて思い返してみれば、そんな気がする。
あの瞬間があまりにも心地好くて、ほとんど無意識にフレンの名前を呟いたような……
「……君があまりにも煽情的で、一瞬…意識が飛びかけた」
「……………は?」
「だからっ!つい加減を忘れたんだ!!周りに誰もいなかったら、本気でやばかったんだからな!!」
「………………」
あの瞬間のオレに欲情したってか。
…余裕だな、こいつ…
こっちは結構、それどころじゃなかったんだが。
「…あんな表情、他の奴の前でしないでくれ…」
優しく抱き締められて、力が抜けていく。
…フレンも人のことは言えないんじゃないかと思うんだけどな、オレは。
「…心配しなくても、他の奴とじゃああはならねえよ。オレが本気になれるのは、おまえだけだ」
「……すごい殺し文句だな……」
「そうか?…だからまた、相手してくれよな」
「…今度は観客は無しだからね」
そのまま優しくキスされる。
同じように優しく髪を撫でてくるのが気持ち良かった。
…「フリ」で済ます自信が無くなってきていた。
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続く