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3連休の初日

話題:おやすみなさい




それは昨日のこと




そうではあるが

ドライバーたるもの昼間は飲めず

甘いものを頂戴しました




池袋のTAKASEという老舗レストラン(パンや洋菓子、喫茶店もあります!)でデザートのマロンパフェ




きれい







それに

とってもおいしい(*^^*)


..+。。☆。。+..+。。☆。。+..+。。☆。。+..+。。☆。。+




楽器を演奏している時のいわゆる“立ち姿”について、苦言?をもらう


「言いづらいけど、ギターよりフルートのほうが似合うかも、言いづらいけど」...と言われる




言いづらいわりには




言うのう(-_-;)




泣きたいのを我慢してバカ笑うオバチャン









赤のGibson ES-335は相方“ふとmen”の家宝




夜が近くなる




よく食べることに半ば呆れられ









ストロベリーダイキリばっかり飲んではフラフラになり









もはやどっちが“お得意さま”だか解らなくなった運転代行を呼び出したことは...覚えて


いない(-_-;)




千葉の片田舎に着く頃にはすっかり酔いは覚めている




グリーグ聞きながら眠りにつく..+。。☆。。+..+。。☆。。+..+。。☆。。+..+。。☆。。+









しあわせ...(-.-)zzZ






郷愁 〜ドイツ、オーストリアが初めから偉大だった訳ではない〜




エドヴァルド グリーグの音楽にある北欧のノスタルジア



わたしには同様の民族性がロベルト シューマンの音楽からも感じとれて仕方がありません



情熱と制御の間で葛藤する理性はいわゆる“夢想的な熱狂とフモール”という...ドイツの国民性に根ざした性質を保ちながらも、享楽的とも言える時勢を疑い、その混沌をすり抜けるかのような鋭いリズム、そして、奏でる指の間から何かがこぼれ落ちるような苦しみ



そんな機微を持つ彼だからこそ、その多様性を持ってあのフレデリック ショパンの才能を真っ先に見抜き、更にはメンデルスゾーンやブラームスをフォローし送り出してきたのです



自身は元来の躁鬱、そして“不謹慎の代償”とも云われかねない身体の病(梅毒)から起因する脳と精神が崩壊してゆく危機の中、ドイツ音楽向上のために、当時は忘れ去られていた大バッハの研究に没頭していたシューマンの思い



それはどんなものだったのでしょうか



それを感じるには“初めからドイツが至上主義”の音楽教育のあり方を疑い“民族”とは何か?を考えることをするべきです



民族音楽で言えば、日本やアメリカが取り上げているものは、南米や東アジアの作品ばかりですし、ロシアでいえば“カリンカ”や“カチューシャ”は「ロシア民謡」などと云われている有様です



余談ですがあれは民謡ではなく、歌手がステージで歌うために作曲された、れっきとしたポピュラー音楽です(笑)



現代音楽に繋がる全てのルーツと民族性の歴史を知る最も有効で手っ取り早い手段は、ベルリンにもウイーンにもましてやモスクワにもありません



ベルサイユ宮殿です



そこで何がなされていたかを知ることで、改めてドイツやオーストリアの偉業や発展、作曲家たちの生き様が理解できるのです



ずっと日本に住んでいるblog仲間でもある友達のふとmenは、ベートーベンやシューベルトの人生を「知ってるよ。図書室で一人で学んだもん」だそうです



図書室...(~o~)


音楽室じゃないの???...(~o~)



も、もう一つ、手っ取り早い手段として


(まだ言うか...^^;)


わたしが言い張りたいのは「合唱」です


合唱を経験してください


もう終わりにします。。トホホ(^^;)



さてさて(-_-;)








シューマン&グリーグそれぞれの“Piano Concertos,A minor”の聞きくらべのような盤になっていますが、この2曲は同じ盤に収録されることが非常に多いです



実際にグリーグはシューマンのこのOp.54に影響されてOp.16を書いたそうです



この収録盤については、1940年代の後半には独自のレコーディング特性を持ったハイファイ録音をすでに開発していたイギリスのデッカレコード社



その“DECCA”のアナログ時代の名盤だと思います



演奏は、アンドレアス プリヴィン&ロンドンSOによる1973年のレコーディングです



日本では英語の言い方で“アンドレ プレヴィン”と呼ばれている彼は、ベルリンに生まれ、フランスで学び、後にアメリカへ渡っています



ユダヤ人であるがゆえに自分の本当の生年月日すら解りません



けれど教育のためにと両親がフランス行きを選んだことは(本来はもちろんナチスからの迫害を逃れるためです)...アンドレアスにとって素晴らしい選択でした







ピアニストであり作曲家でもあり指揮者である



彼は、ラフマニノフのピアノ演奏をライヴで聞いた経験があるそうです



様々な民族の音楽を研究し、わたしの民族性のルーツであるソビエト、スラブ圏の音楽も寵愛してくれる人でもあります



アシュケナージに捧げるための曲も書いています







見目麗しき二人、1974年の若さあふれるプリヴィン&アシュケナージのデュエット(ラフマニノフ盤)



素敵すぎてよだれがでてしまいます...(^^;)




それにしても



図書室...(-o-;)



まぁ、いいや(^^;)



おやすみなさい☆(^^)/~~






雪のように白い


今日はひとりでドライブに


お天気が良くて気分もよくて、思いつくままに車に乗ったら


思いのほか久しぶりの遠出になりました...と、言いつつ同じ千葉県内ですが(^^;)



思いのまま端っこまで来てしまいましたww



冬の荒涼とした海浸食台地にそそり立つ雪のような白亜の塔



銚子市のシンボル、犬吠埼灯台です









Леф


サフローニーツキィ音源は非常に少なく
モスクワ放送局で収録されたソビエト国営レコードであるメローディア音源で音質はよくはないですが演奏が保存されていることだけでも感謝です




幸せにな気持ちになる音楽です










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