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拾いもの話・弐の4

また続きからです。
何かもう、ここまで書いてきたらちゃんと推敲してサイトにもあげたくなってきました。

では、坂田さん宅から中継です。

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「ほら、これでも着てろ」

自宅へ帰るなり、銀時は大きな袋を新八の胸へ押し付けた。
少年はちょうど夕食を作っていた最中なのか、しつらえてある小さなキッチンからはすきっ腹にこたえるようないい匂いが漂っている。

朝考えていた通り、仕事帰りに適当な店で新八の為の服を買ってきた銀時である。


「銀さん、これ…?」

いきなり大荷物を渡されて戸惑っているのか、新八は何回か困ったように瞬きを繰り返した。『ぱちぱち』と瞬きの擬音が付きそうな程に大きい目だと思う。穴が空くほど袋を見つめてじっと佇む新八の様子は、ちょうど彼より頭一つ分背の高い銀時からはよく見えた。

「あー、服。俺のだとでかいから。お前、裾踏んで何回も転んでるしな。いいからそれ着とけ」

新八の疑問に簡単に答えて上着を脱ぐ。そのまま彼の横を素通りして、銀時は冷蔵庫を開けた。中にあるいちご牛乳を取り出す。小さな冷蔵庫の中身は、今や肉から魚まで潤沢な素材のラインナップが揃えてあった。昨日買い物に出掛けた際に新八が要ると言うから買ったが、彼はついに自分の物だけは欲しがらなかった。だからという訳ではないが、銀時は勝手に与えることにしたのである。すなわち、新八の“持ち物”を。

何も持っていないというのもある意味非常に不安定というか、新八の存在自体が希薄になるような気がしてならなかったからだ。もっとも、そんな己の心理に気付いている程、銀時は自分に聡い訳ではない。
他人の事には目敏いが、自分の事になると二の次三の次になるのが坂田銀時という男である。


行儀悪く直にパックに口を付けて飲みながら、銀時は新八にちらりと目をやった。

新八はまだ戸惑っているのか、銀時が渡した包みをそっと持ち上げてみたりひっくり返したりしている。いくら記憶が無くなったとはいえど、ある程度の日常を送る分には支障のない彼だが、その様子はまさに『おっかなびっくり』と言った感じで、まるで小さな子供でも見ているような不思議な気分だった。

「オイ新八、爆弾じゃねーんだから」

それにツッコミを入れつつ、いちご牛乳を冷蔵庫にしまう。そんな銀時に、新八はやっと我に返ったようにハッとした。困惑したように僅かに眉根を寄せている。

「すみません。でも銀さん、いいんですか?これ…あの、本当にすみません」

少年はひどく申し訳なさそうに、袋の中から自分用の服を取り出してみせる。いいも何も、新八用のサイズで買ってきた為に銀時は着られない。その事にも気が付かないのか、新八は恐縮しきりだった。

「そんな構えんなって、安もんだから。ただ、お前の体のサイズもよく分かんねーから適当だけどな。それは我慢しろよ」

答えつつ、銀時がテーブルの前に座る。小さなテーブルの上には既にもういくつかの惣菜が並んでいた。少年が料理が好きだというのはどうやら本当らしい。

「…はい、ありがとうございます。本当に嬉しいです」

ひとしきり恐縮した後、やっと納得したのか新八は両腕でぎゅっと袋を抱きしめて笑った。そのまま素直にぺこりと頭を下げる新八に、銀時は何だか妙な気持ちになった。お礼を言われたい訳でも、感謝されたい訳でも何でもない。男はリアリスト、現実主義者であれど偽善者ではない。だからこそ、他人の笑顔にこんな気持ちになる事を銀時は知らなかった。

“それ”は、何と言えない気持ちだった。胸にさざ波が立ったような、小さな針で刺されたような、不可思議な違和感。それなのに、嫌な感じはしない。むしろ逆だった。
こんなに暖かな違和感があることを、銀時は初めて知った。

そしてこれだけ些細な出来事から生まれて初めての恋心を覚えたことを、当然彼はまだ知るよしもなかった。


「…あーもう、いいから!全ッ然ないからね、そういうの。ないからね、俺は。それより新八、飯にするぞ飯!」

「あっ、はい!」

不思議と暖かな思いが込み上げてくるのをセルフツッコミで押し殺し、銀時は手持ち無沙汰にがりがりと頭を掻いた。


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もうね、YUIさんのあの曲を歌いたくなりますよね。銀さんの目の前で歌ってやりたくなりますよね。『恋しちゃったんだ多分、気付いてないでしょう』的な。

場面は切り替わって、夜からです。

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新八と一緒に過ごす、三度目の夜である。新八はまだ眠れないのか、日付を跨いで半刻を過ぎても尚、ベッドの中で寝返りばかりうっていた。それは隣で横になっている銀時にも、当然顕著に伝わってくる。従って、

「おい新八、いい加減寝ろよ」

文句の一つも言いたくなるのも仕方がないと言えるだろう。新八を保護してから三日間、新八が一人で寝たくないと言うからこうして一緒に寝ている訳だが、ここまで寝られない夜というものは初めてでだった。

銀時の声に反応したのか、夜の帳の中、新八がゆっくりと天井を見上げる気配を感じた。

「…すみません、銀さん」

銀時が横を見ると、新八ははっきりと目を開けて天井を見つめていた。夜とは言え、真っ暗な訳ではない。ましてや東京の街なので、電気を消していても漏れ入る光で室内はぼんやりと明るかった。その薄明かりに、新八の横顔のシルエットが沈んでいる。眼鏡を外した裸眼の瞳は不思議と透き通った黒だった。何物に対しても開かれた瞳だ。大人には決してない、光のような。
生まれたばかりの赤ん坊のような瞳だとふと思い立ち、銀時は納得した。

少年は何も持っていないのだ。その過去を、積み上げてきた歴史を。ましてや、彼の回りにいた人達の思い出さえも。自分の面倒を見られるというだけで、その状態は赤ん坊とあまり大差がないのかもしれない。

新八がちらちらと見上げてくるので、銀時は静かに体を横にした。何か言いたいことがあるに違いないのに、新八は少しだけ顔を布団の縁に隠した。ちらりと目だけを銀時に向ける。

「僕、銀さんに迷惑ばっかりかけてます。ご飯も、服も、本当にすみません。少しでもお金持ってたら良かったんですけど…」

震えそうに細い声で、新八が呟く。なるほど、と銀時は思った。どうりでさっきの夕食の時から新八に元気がない訳だ。

何となくだが、先程から新八の様子はおかしかった。空元気というべきか、どことなく訝しかったのは事実だ。新八はそれを気にして眠れないのだろうか。

銀時は、はあと露骨にため息をついた。その様子に新八がびくりと肩を揺らす。『ごめんなさい』と新八が謝る前に、銀時は己の気持ちを話した。

「アホかお前、言わば病人みてーなモンだろうが。何気ィ使ってんだよ、ガキのくせに」

言うなりデコピンをかましてやる。それに新八は『ぎゃっ』と小さく叫んで、恨めしげに額をさすった。でも、とそれでも言い淀む彼の髪を、ぐしゃぐしゃと乱雑に掻き乱す。

「バカ。迷惑がるなら、しょい込んだりしねーよ」

本心だった。最初こそ迷いはあったが、今となってはなるようになれだ。
それに、と思い直す。迷惑だなんて一瞬でも考えた時点で自分は新八に関わらなかったはずだ。

しかしながら、帰った時に誰かが待っている生活というものを体験するのは、銀時自身初めてだった。

想像でしかないが、銀時は今まで誰かと一緒に暮らすなど夢にも思わなかった。自分のテリトリーに誰かを入れることなど、ただの一度も考えられなかったのだ。それなのに、今こうして新八と三日間暮らしている。自分があえて遠ざけてきた“他人”と。

人生何があるかは分からないが、それは想像したよりずっと悪いものではなかった。不思議なくらいに、新八は銀時の生活に溶け込んでいた。


薄明かりの中で、新八がようやく笑ったのが分かった。安心したように銀時を見上げてくる。その丸い瞳に、何故か分からないがドキリとした。

「ま、お前は早いとこ記憶が戻ればいいな。アレだよ、家族も心配してんだろ」

だが、その『ドキリ』を隠したいが為に言った銀時の一言に、新八はまた不安げな表情を作った。わずかに眉を寄せ、きゅっと下唇を噛み締める。

「僕の、“家族”…?」

どこか遠いものを見るように虚ろな顔をして、新八が繰り返す。その単語にますます不安感が増したのか、新八は軽く頭を振った。

「家族…。だめだ、何も思い出せません」

悲しそうに顔を歪める新八の頭を、銀時がぽんぽんと優しく叩いた。

「そのうち思い出すんじゃねーの」

しかし、銀時には一つ新八に言っていないことがある。銀時は昨日警察署に寄って、新八に対する家出人捜索願いが出されていないかを調べてきていた。それによると、真新しい情報に新八の名前はなかった。

新八の様子から見てどこか上流の家庭を想像していた銀時だったので、これには大いなる疑問を覚えざるを得なかった。


―新八の捜索願いが出されていない?


と言うことは、三つの可能性が考えられる。一つは、銀時のように新八にも家族がいない場合。二つは、家族も捜索を諦めている場合。

そして三つ目は、家族自らが新八を探している場合。ただこれはどうにも現実的ではない考えであることも確かだった。

自らで探し出すにしても、大抵の人間であれば警察に協力を求めるだろう。しかし、それをあえてしないというのであれば、話は別である。何か警察を介入させたくない筋の話か?それとも…


「銀さん」

思惑に沈んだままだった銀時を、新八の声が引き戻した。彼を見ると、微かに笑っている。少し照れ臭そうに新八はおずおずと喋り出した。

「それ、好きです」

“それ”と称されたものが皆目分からず、銀時が表情を曇らせる。新八は困ったように銀時を見つめた。

「あの、これ。こうやって、頭撫でられるの」

言われて気付けば、銀時は考えがてら無意識に新八の頭を撫でていた。少年の黒髪が非常になめらかで指通しが良い為だろうか。

「ああ、これ?」

思い立ったようにさらさらと髪をすくと、新八が素直にこくりと頷く。これが何かを思い出すきっかけになるのかもしれない。

言われるまま、銀時は新八の頭を撫でてやった。

「もう寝ろ、こうしててやっから」

銀時の言葉にまた一つ頷いて、新八が瞼を閉じる。目を閉じていると、童顔気味なのもあいまって本当に幼く見える。そんな彼に小さく笑って、銀時は新八が眠るまでただそうしていた。


「…ありがとう、銀さん」

眠りに落ちる間際、少年が小さな声で呟く声が聞こえた。


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不思議な関係を育みつつある銀新でした。何かが芽生えつつあるといいと思う。

それではまた続きます。
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