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嫉妬に狂った白い薔薇

己を殺す事には慣れている。いや、慣れなければいけなかった。

そうでないと刺客にはなれなかったし、忍びにはなれなかったし、店主の後ろに立つ事は出来なかった。

事実だ。変えようのない事実だ。

上記したもののどれか一つでも起こり得なかったら、今の己はいない。

安穏とした平和も、己の手のひらに収まる茶器もない。

自分を司る事柄の全てが、薄い氷のような、脆い道筋の上で成り立っているのだ。

だから、私は何も考えてはいけない。

店主が愛おしそうに貴金属を撫でる指先も、朗らかな笑みを浮かべる客にも、優しく宥める店員にも、何にしても感情は持ってはいけない。

それが、私の中の境界線なのだ。

腕を伸ばせば触れる事が出きるが、触れてはいけない。

平和で幸福な時間だった。端から見れば。

しかし胸の内に秘めた想いは日に日に重さを増し、黒さを増し。ドロドロと肥溜めのように汚らわしくなっていくのも事実だ。

触れたい。

触れたい。

触れたい。

愛情を、他には与えない何かを恵んで欲しい。

私だけを見て欲しい。

誰にも貴方を見て欲しくない。

私だけを、私だけを。



……でも分かっている。

そんな事を実行したら、あの方は私を側には置いてくれないだろう。

この私だから。無言で追従する私だから都合がいいのだ。

それ以外の私では駄目なのだ。

だから、私は隠す。

ドロドロとした感情が、堰を切るまで。

「どうしたの、くれまちゃん」

名前を呼ばれるだけで心が浮き立つ。

この人の為にだけ有りたい。

この人に歓喜を。この人に酩酊を。この人に安穏を。

私の保てる全てを捧げたい。

「店主……」

声が微かに震えてしまった。

しかしそれ以上は駄目だ。

それ以上は、境界線を越える。

「ん?」

「何でもない」

そう言って私は、既に冷え切った茶を飲み干した。

「そう?」

「月が、綺麗だな、と。見ていたら、魅入ってしまっただけだ」

「んー?今日は曇りだけど?」

「月は、出ている」

貴方という月が。

闇夜にしか生きられない私を照らしてくれる月が。ここにある。

「変なくれまちゃんだねー」

貴方の笑顔が、愛おしく、憎い。


(白い薔薇も、いつかは赤く染まるだろう)

元旦のあいさつ

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