2013-12-30 21:34
優香に処方された薬を嫌々だが飲み続け、三日後には私の体調はすこぶる良くなっていた。これが優香から処方されたものだというのは釈然としないが、病院に行くのは面倒くさいと言うか、不細工な医者に触られたくなかったからだ。医者が必ずしも不細工と決まったわけではないが、確率的な問題であって、決して明の思いやりを無駄にしたくないとかそんなものではない。
だって、私はこれから明を振りに行くのだから。
指定した時間からはもう数分経っていたが、私はのんびりとスタバのフラペチーノを飲む。冬の冷たい物は、なぜか心を踊らせる。飲み込むペースが遅いのは、フラペチーノのが冷たいせいであって、気乗りしていないからではない。何が気乗りしないか、なんて私には関係なくて知らないことだ。
最後の一口を飲み干し、私は思い腰を漸くあげた。
駅から数分歩き、少し路地に入った場所にあるカフェ。そこが私が指定した場所だ。私の中では別名『縁切りカフェ』となっている。静かなその場所は、寡黙なマスターのおかげが何かか、振るのに最適な場所だった。声を荒上げても、誰も気に留めない。私が度々使っているせいか、数少ない常連客も何も言わない。そんな場所だった。
カランカランとベルを鳴らし、カフェに入ると、窓際に明が、座りながらコーヒーを飲んでいた。
赤い髪が、窓から差し込む光でオレンジ色に見える。長い髪は背中に流れていて、黒いコートとのコントラストが目に映える。琥珀色の瞳が一瞬揺れたかと思うと、此方を捉え、明はヘニャリと笑って此方に手を振った。
「梟さん」
ゆるりと細められた目には穏やかさしかなく、私はなぜか居心地の悪さを感じた。
「コーヒー一つ。熱いのを」
そうマスターに告げ、明の目の前の席に座る。
「梟さんから誘ってくれるなんて珍しいね。嬉しいよ」
「話が、あるからね〜」
「話?どんな話?」
マスターがカップを私の前に置く。砂糖とミルクを適当に入れ、私は一口つけてから、
「別れて欲しいの。て言うか別れる」
と簡潔に言った。
自分で放った言葉なのに、何故か私の胸が痛んだ。キリキリと締め付けられるような痛み。それがどこからくる感情なのかは分からなかったが、明と離れればこんな感情ともおさらばだ。今まで、明のせいで何度苦しかったか分からない。苦しいのは好きじゃない。何より、苦しんでいる自分が嫌いだから。
明から、応えはなかった。視線を下げているから明の表情は分からない。私はただただカップを見つめ続けた。
「梟さん」
明が囁くように言葉を紡ぐ。名前を呼ばれただけなのに、私はなぜか泣きたくなってしまい、ぐっとカップを持つ手に力を込める。
「……知ってた。そうじゃないかな、って思ってた」
「え……?」
思わぬ言葉に視線を上げる。目に映った明の表情はとても穏やかで、切なくて、それでも笑みを浮かべていた。
「退屈だったろ、俺との時間」
「な、んで……」
「いつか別れる、って言われるんじゃないかなーって、それは思ってたんだ。豪華なレストランじゃない、普通の、俺が作った料理。プレゼントはそれだけ。梟さんモテるし、他にも男がいるの知ってたから、飽きられるんだろうなーって」
でも、いつも溢れるくらいに梟さんを思って作ってたんだ。
そう言いながら明は笑った。
「なんで笑うの〜……?」
「……嬉しかったから」
「嬉しかった……?なにそれ。あんた今振られたんだよ?なんで笑ってんの。いいように遊ばれて、あんたは悔しくないの……!?」
「悔しくないよ。梟さんこそ、なんで……なんで泣きそうな顔してんだよ」
「え……?」
ポタリ、雫が頬を伝った。
明は相変わらず儚く笑ったまま、私の涙を拭って、もう片方の手で私を撫でた。
「女の子の涙は、ほんと、胸が痛くなる。……なんで、梟さんが泣いてるんだよ、本当に」
「し、しらな……」
「まるで梟さんが振られた方みたいじゃん。何が悲しいの?」
「しらな、い……」
「自分の事だろ?」
「やめて……」
「逃げても何にもならないよ。俺が悔しがらないのが梟さんのプライドを傷つけたのか?」
「そんなの……」
分からない。全然分からない。なんで泣いているのか、なんでこんなにも明という存在は私を苦しめるのか、全然分からない。
「風邪、治ってないのかな。……ごめん。プライド傷つけるようなこと、俺、もっと言うかも」
「へ……?」
「俺、梟さんが俺のこと捨てても、俺はずっと梟さんを好きでいるから。……それを言いたくて、今日来たんだ。許してくれる?」
「なにそれ……っ、私、捨てようとしてるんだよ……?」
「それでも。苦しくても寂しくても、俺、どうしようもないくらい梟さんのことが好きなんだ」
「苦しい……?」
私と同じだ。どうしようもないくらい苦しくて、でも私は逃げることしか考えていないのに。なんで明はこんなに強いんだろう。
明はカタンと椅子から立ち上がり、私の横に跪いた。
ポケットから青色の箱を取り出し、丁寧に剥がすのが億劫なのか、ビリビリと破いて、私の手のひらに何かを握らせた。
「クリスマスプレゼント。遅くなったけど。いらなかったら売っちゃって。渡せるだけで嬉しいから」
そう言って明はマスターに万札を私て出て行った。迷惑料。そう言って。
カランカランとベルが鳴るのを茫然と聞きながら、私はそっと手を開いた。手のひらの中には、雫型のサファイアの石がついたネックレス。それと、握ってぐしゃぐしゃになったクリスマスカード。
妙に緊張しながらそれを裏返すと、こんな文面が書かれていた。
『メリークリスマス、梟さん
本当は、当日まで指輪にするか悩んだけど
指輪はやっぱり特別な日に渡したくて
いつか梟さんが俺に飽きる日まで
俺はずっと、これからもずっと
梟さんの事が大好きです』
「なに、これ……」
どこまでも自己中心的で、思いを吐き出すだけのメッセージカード。
だけど、どこまでも一途に私なんかを思っていて。捨てられる覚悟で過ごしていた日々は、明にとって何だったのだろうか。
「馬鹿らしい〜……ほんっっとうに馬鹿らしい!」
ガタリと椅子を蹴倒し、カフェを後にする。
遠くの方に明の赤い髪が見えて、私は叫んだ。
「明!」
びくりと明の足が止まる。
私は大股でズカズカと明に歩み寄り、無理やり明を此方に向かせた。
「きょう、さん……?」
「プレゼント」
「へ?」
「ネックレスなんかじゃ足りないんだけど〜?」
「え、あの、ごめん……?えと、俺はどうすれば……」
「再来年、私は高校卒業するわ」
「えと、梟さん十六歳だから……そうなるね」
「その時、予約よ」
「……何を?」
「指輪。左手薬指につけるやつ」
「…………………へ?」
ボッと明の顔が赤くなる。だけど私には確信があった。今の私の方がもっと赤い自信が。
「それまで精々私を苦しめることね」
そう言って、私は明の唇を無理やり奪った。
思えば、何も手を出してこなかった明との初めてのキスだった。
風邪のようにたちの悪い明なんか、私の物で十分なんだから。
あとがき
難産でした。
書いていてじたばたしていました。
最後梟ちゃんが暴走して、「おいおい大丈夫か本当に」と思いながら書いていました。
これで今年のクリスマス小説は終わりです。
また現代パロディをすることがあれば、この二人の今後があるかも……?いや、ない方がいいのかも。
相変わらずのタイトル詐欺でしたすみません。
タイトルは
時の間でキス様よりお借りしました。