*まとめ*
静かに問われた声に、だがしかし今一番聞かれたくない問いかけに、新八くんはビクゥッと肩を竦める。そしてやはり銀さんを見るけど、銀さんの目は未だに何も映さない。そこにあるのは、ただの艶消しの紅。
てらいのない子供みたいな表情だっていつもはする筈なのに、こんな時はぞっとするくらい相手に感情を悟らせない。
「さっき起きてみたらよ、お前が俺の隣りに居ねえから。どこ行ってんだよって思ってその辺歩いてたらさ、お前……高杉の部屋から出てきた」
新八くんを凝然と見つめて、銀さんはポツポツと語る。ふとした起き抜けに新八くんが居なくなったと思って探してみたら、ちょうど晋助の部屋から出てくるところに出くわしたと。
そのまま新八くんを追っかけた銀さんが、廊下の先で新八くんを後ろから引き止めた次第なのだと。
「何で高杉だよ。お前どうしたの、新八。何してたんだよ、こんな夜更け……つーかもう朝になるけど」
「いや何って……何も……」
新八くんは怯えながらも、こう言うしかなかった。UNOだの何だのしてたって、そんな100%言い訳じみた事は当然言えなかった。いざ本当に銀さんに問い詰められてみたら、今まで考えていたはずのそんなちゃちな言い訳なんて軽く吹っ飛んだ。
「は?何もねえ筈ねーだろ。バカかお前。信じらんねえ」
肩を掴んだ手にギリッと力を込められ、新八くんの額には冷や汗が滲む。明らかに自分を尋問してくる雰囲気のその力に、一切の容赦の無さに、新八くんは怯えを募らせる。
だって松陽先生を失った後の自分にとっては半ば第二の師であり、家族のような存在と言っても過言じゃない銀さん。自分にはそんな存在の銀さんなのに。
「……て言うか、ほんとにやめて下さいってば!どこに行ってもいいでしょうよ、僕だってたまには夜中に一人になりたい時くらいあるんです!」
「いや一人になってねーじゃん、高杉の部屋に居た訳だし。何、アイツだけどっか行ってたの?お前に部屋貸して?」
「…………」(←無言の肯定だよ新八くんっ)
もはやどんなに言い訳しても、銀さんに淡々と追い詰められていくだけに過ぎない。そのうち焦れた銀さんに、
「お前って最近やけに高杉に懐いてね?高杉もてめえには素直だし。てか懐くっつーかお前……もしかして、あのチビに何か変な事されてるとかねーよな」
「はあっ!?……へ、変な事って何スか。やめてよ、言いがかりは」
「いや、もしかしてアイツがお前で童貞卒業したとかさ。童貞捨てたばっかの頃ってバカみてェになるじゃねーか。ヤリたくてヤリたくて逆にバカになんだろうが、童貞の頃より遥かによォ。だから都合良くお前に乗っかってるとか……要は高杉がお前を犯ってんじゃねーかとか、そんなん思った訳よ」
核心をついた疑問をズバッとぶつけられ、どこまでも真実でしかない言葉を放たれて、それにはやっぱり何も言えずにたじたじになる新八くんですよ。
しかし銀さんもここまで淡々と疑問が出てくると言うことは、これは昨日今日感じた疑問ではなくて、薄々感じていた事なのだろう。薄々感じてたが、確信は持てなかった。だから泳がせていた。今の今まで。
だけども、今さっきの新八くんの行動で、疑問ははっきりと己の中で形を成した。
「……っ!!」
カァァと頬を染め、何も言えずにいるだけの新八くん。口をパクパクさせて黙っているだけの新八くんを見て、無表情だったはずの銀さんの顔には徐々に感情が浮き出てくる。
「は?何だよ、その無言。え、もしかしてマジなの?地雷踏んだの、俺。新八……お前マジに高杉に、」
怒りや焦り。戸惑い。
「……っざけんな。マジふざけんな。何で高杉だよ。何で」
そして、どうしようもなく込み上げる嫉妬。
新八くんの胸ぐらを片手でぐわしと掴み、キスでもできそうな近距離で問い詰める。掴まれた新八くんはもう銀さんの馬鹿力で半ば踵が浮いてるけど、爪先立ちで必死にもがく。
「やめ、銀さっ……」
けど本気でもがくけど、どうやっても銀さんの手は外せない。
「てめえは俺のなんだよ。他の誰にもやらねェ」
そう言い放った銀さんの顔は、何故か少し泣きそうに見えた。
そんな銀さんの顔に呆気に取られているうちに、銀さんの顔がふと迫り、気付いたら新八くんはキスされていた。
「んんっ」
強引なキス。銀さんとしたキスは初めてでもなかったけれども、新八くんは必死に首を振って逃れようとする。だけど銀さんの手が新八くんの華奢な頤を掴んで固定するから、新八くんの力では逃げきれそうにもない。
強引に舌をねじ込まれ、上顎も何もかもしゃぶり尽くされ、痺れるくらい舌の根を吸われて、さんざっぱら咥内を凌辱される。だけど新八くんはどうしても嫌だから、逃れたいから、やっぱりまだ抵抗している。
銀さんの腕に手をかけて、爪を食い込ませる勢いで。
「んーっ!!んん、う、んんぅ……」
どれだけキスしても全然抜けないその力加減に、諦めの悪さに、さすがの銀さんでも新八くんの拒絶を感じ取らざるを得なかった。
そんな新八くんには、銀さんは更に言いようのない苛立ちが募る。いや増していく。
「……そんだけ嫌かよ。ふざけんなっつーの」
だから唇を離してから自嘲気味に問うが、これには新八くんだって涙目で叫んだ。
「アンタこそふざけんじゃねーよ!ばか!銀さんのばかばか!僕はアンタのものじゃねーよ!」
「(カチン)あ?なら何だよ、高杉のものにはなんのかよ」
「はあ!?僕は僕ですよ、アンタのものでも高杉さんのものでもないんですっ!」
「(プチッ)……はああ?何だそりゃ、新八のくせに高嶺の花扱いしろってか?できるはずねーだろ、お前ただの新八じゃねーかァァァ!!(ガタタッ)」
「いやそういうこと言ってんじゃなくてェェェェェェ!!」
言い争ううちに、だんだんいつもの銀新らしいノリに戻っていく二人(銀新の定め)。だけど銀さんの中で芽生えた嫉妬の炎はもう消えなかった。
「ざけんなてめえ!何で俺以外の男がいいんだよ!俺にキスさせたじゃねーか……あの時。お前嫌がってなかったし」
前にキスした時の事まで持ち出し、新八くんを責める。でも目を逸らした新八くんに、
「いやアレは……そうしないと銀さんがもっと凄いことしてきそうだったから……し、仕方なくっていうか」
「はああ?!そんなんで俺の純情弄びやがって!こんの売女ッ!!犯しときゃ良かったマジで!あの時!一思いにヤっとけば良かった、仏心出しちまった俺のバカァァァ!!」
「僕はそんなんじゃねーし、そもそも性別違うから!てか自分を責めてんのか僕を責めてるのかどっちかにしろやァァァァァ!!」
反論なんてされれば、もう銀さんの怒りは止まることを知らない。だけどいつまでもいつまでも言い争っても居られなかった。
さんざっぱら自分がしゃぶった小さな唇が唾液で濡れているのを見て、新八くんの赤い頬を見て、自分の手に収まるまだ細い肩を掴んで、銀さんはどうにもならなくなった。
「……もういいよ。お前の言い分とか知らねーし。だから俺も俺の好きにするわ」
「っ!」
新八くんの首にガブッと噛み付いて、思わずはぐはぐする。本能で首を噛みにいく銀さん。それに、
「いだだっ、何すんの!!獣ですかアンタはっ!」
涙目になりつつ、銀さんを引き剥がそうともがく新八くん。まだまだ嫌がっている。だけど銀さんはもう決めた、もういっそ一思いにここで新八くんを犯そうと(てかここ廊下ですけども)
「大丈夫だろ……ローションなくてもイケるよな、たぶん。まあ良いだろ……たぶん(がぶがぶ)」
「痛っ、痛いってば!何をボソボソ喋ってんのォ!?」
何も良くない事案に明け暮れつつ、新八くんを壁に押し付けたまま好き勝手する銀さん。だけど乱れた単衣の裾を割られかけ、新八くんはその肌にザアッと鳥肌を立たせる。
「ちょっ、な、何考えてんの!待って!おかしいでしょ、こんな、」
「は?何もおかしくねーだろ。だってお前、こんなこと高杉にはさせてんだろ?」
銀さんの手を押し留めようとした新八くんの上に、更にこんな言葉が降ってきた。
「それとも何かよ?アイツは良くて、俺はダメなのかよ。それって何で?」
「何でって……」
──僕は高杉さんが好きだからですっ!
そう言えたら、どれだけ良かった事だろう。でも新八くんは言えなかった。だって目の前の銀さんが、自分にはこんな無体をしてくるくせに、している本人のくせに、何故かひどく傷付いたような顔をしていたから。
もう自棄糞と言ってもいい、半ば捨てばちのような雰囲気を殺気と共に放ってたから。
「(銀さん……何でそんな顔……)」
急に黙ってしまった新八くんを前に、銀さんは荒い息で話す。
「ほんっとマジふざけんなよ。マジでねーよ。何でだよ……俺はもう、ずっと前からお前が……」
独り言ちる銀さんの声は、微かに震えてた。言葉では到底言い切れない想いがそこにあった。言葉にさえできない想いが。
だけど、いよいよ絶体絶命のピンチ!と思われたその時に。
「──おいコラ銀時ィィィィ!!おんし何をしてるがじゃ!寝惚けるんもいい加減にするぜよ!」
ちょうど朝帰りから帰ってきたもっさんが、バシィッと力強く銀さんの頭を引っ叩く。そりゃもう容赦なく引っ叩く。
覆い被さってきた銀さんが目の前にいる新八くんは元より、新八くんを壁にぎゅむぎゅむ押し付けてる銀さんだとて、後ろから歩いてくるもっさんの存在には気付かなんだ。てか興奮しきってるので気づいていなかった(銀さん)
それには瞬時にガバと顔を上げ、後ろを睨んだ銀さんですが。
「いっ……てェんだよ!クソ辰馬っ!邪魔すんじゃねーよこのもじゃもじゃ!クソ天パァァァァァァ!」
「その罵倒は全部おまんに返すぜよ。それよりも何じゃ、新八くんをこんなとこに押し付けてからに。何しとるがじゃ、朝っぱらから。そこまで発情しちょるなら、わしと夜遊びでも何でも行っときゃ良かったじゃろ」
ひどく呆れたようにもっさんに返事を返されて、銀さんは目を泳がせる。チラと横を見れば、開けっ放しの窓から見える外はとうに朝陽が差し込んでいた。チュンチュンと可愛らしいスズメの鳴き声も聞こえてくる。
どう考えても、今は既に朝だった(いや考えなくても)
「た、助かった!坂本さんっ、助けて!銀さんをどかしてください!」
銀さんに押さえつけられたままでももっさんの声と気配を感知し、新八くんはバタバタと再度もがく。それにくわっと鬼気迫る形相になるのは銀さん。
「ちょ、ふざけんな新八ィィィィ!!てめえは一発ヤっとかなきゃ俺の気が済まねえ!!一発どころか連発させろや、足腰が死ぬまでヤってやらァァァ!!(血眼)」
「ひぎゃあァァァァァァ!!何その主張!相打ち覚悟みたいな侍魂を無駄に燃やしてるぅぅぅ!!(涙目)」
「オイオイ、いよいよおかしくなったがか銀時。股間のピストルがおかしくなったなら可哀想じゃが、そろそろ新八くんから離れるぜよ」
おかしな主張を続ける銀さんをよいせっと後ろから引き剥がして、もっさんはもがく銀さんを押さえ込む。もっさんの腕力ではさすがに銀さんも分も悪いのか、暴れつつもジリジリ新八くんから引き離された。
最大限に暴れてるけどね、やっぱり後ろから押さえ込まれて腕や牙を封じられたらね。これは獣の道理ですね。
新八くんはようやく銀さんの腕から逃れ、はあっと安堵の吐息を吐いた。まだまだ傍らにはジタバタ暴れる銀さんと、それを押さえるもっさんがいるけれども。
「ちょ、マジ離せや辰馬ァァァァァァ!!ふざっけんな!(ブチギレ)」
「どうどう。分かっちょる分かっちょる。わしも少しなら分かるぜよ、銀時の気持ち。新八くんもカワイイからアレよ、おまんも何かふらーっとしたんじゃろ?ここ女子ばいないからのう、それはよくある事ぜよ(うんうん)」
「いやどさくさに紛れて何を言ってんのお前はァァァ!!そんなんじゃねーし!お前みてーなマジなフラつきと違うから、俺のはそんな生温いもんじゃねーから!」
「ハイハイ。ほれ、突っ立って見とらんとはよ行くぜよ、新八くん。銀時は後でヅラに引き渡しておくきに」
ここでくるっと振り返ったもっさんに言い渡され、新八くんはコクリと頷く。そして、
「……ごめん、銀さん。でも僕、もう」
何かを言いかけ、でも言葉を呑み、タッと走り去って行く新八くん。
銀さんには本当に申し訳ないけども、銀さんとも関係を持ったらそれは自分が耐えられない事だと思った。晋助を怒らせるとか、そんな心配よりもまず自分が嫌だった。耐えられなかった。好きな人以外とそんなことをするなんて。
だからね、強く心に誓った。
(僕、高杉さんが好き。銀さんにああされて本当によく分かった。もうダメだ……言おう、この気持ちを。高杉さんに伝えなきゃ)
自分の気持ちを晋助に伝えねばと、はっきりさせなきゃいけないと、そう一直線に心に決めた。
やっとやっと、自分の心を決められた。