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Many Classic Moments41


*まとめ*



 雨が降り出してから、どれほどの時間が経ったのか。

 木々の間を縫うようにして、悲鳴や剣戟の音が響いてくる。そこかしこで勝負が起こり、ある者は谷底の川に背を浮かべて亡骸を晒し、またある者は木の幹に己の屍体ごと刀で縫い止められているような、酸鼻を極める戦が続いていた。
 だがしかし、その亡骸の数は圧倒的に幕軍や天人の方が多かった。攘夷の芋侍達は泥試合の中でこそ輝くのか、こんな過酷な状況の中でも、いや熾烈を極める状況だからこそか、其処此処でも闘いに競り勝つ場面が数多く見られた。





 「っ……新八!」

 山間の参道の片隅にひとり佇んでいた新八を、不意に後ろから呼び止める声がある。その声に少年が後ろを振り向けば、そこには既に懐かしい気さえする高杉の姿があった。
 黒髪に映える黒の陣羽織。防具の類いは一切身に付けない高杉だが、鉢金だけは新八と同じ物だ。


「あっ、高杉さん。お疲れ様です!」

 其処此処を走り回って敵をしばき倒してきたのか、高杉の息はハアハアと荒い。そして新八が再会を喜ぶ間も無く、ガシィッと新八の肩に両手を掛けてきた。

「あのバカ……いや、銀時はどこ行った?いつでもテメェの近くにいろと、俺があれほど………」

 呼吸も荒いのに、キョロキョロと周囲を探る高杉の視線は止まらない。あれほど新八の側にいろ、と申し付けておいた筈の銀時の姿が今は見えないことに怒っているのだ。怒気を孕んだ目で周囲を探っている。
 そんな男の気迫に押されながらも、新八は仄かに頬を赤く染めて呟いた。

「いやあの、高杉さん。早とちりしないで。銀さんはですね、」
「ここだよバカ」

 新八が告げようとした瞬間、新八の頭上の木から銀時が飛び降りてきた。ヒュッと風を切って落下し、わざとなのか何なのか、そのまま高杉と新八の間に狙い澄ましたかのように降り立つ。
 そんな銀時の姿を認め、舌を打つのは高杉だった。さっきまで銀時がいない事で怒っていたというのに、居たとわかるや否やげんなりした顔付きになるのも致し方なし。



「チッ……居たのかこのバカ」

 高杉に悪態をつかれ、しらっとした顔になるのは銀時である。ケッとばかりにそっぽを向く。

「居ねえ筈ねーだろ。常に新八の側には居んだよ、俺はよ。どっかの総督様とは違うっつーの」

 しかもそっぽを向くだけならいざ知らず、新八に同意を求め出す。

「なっ、新八」
「ハイ。銀さんのおかげです。僕らの周りの皆さんは全員無事ですよ、怪我もないです」

 そして素直に頷くのは新八だから、澄んだ目で戦果を報告してはいるが、そう言って見上げているのは銀時だから、高杉はやはり面白くなかった。全くもって面白くなかった。
 鬼兵隊の総督という立場のある自分とは違って、銀時はあくまでもただの白夜叉(ただの?)。自由に動けるし、いかようにも融通のきく身だ。だから新八と常に一緒にいる事もできるし、何なら新八がピンチの時には即座に駆け付けられる。だけども、高杉にはそれができない。

 しかし新八は圧倒的に強いわけでもないが、そこまで弱くもない。おそらくは普通の侍が三人ほど束になったレベルであろう。常に高杉や銀時や、桂や坂本などの常軌を逸したレベルの男達と一緒に居るから、新八の持っている強さが目立たぬだけである。
 だからいかに高杉だとて、新八の剣を信頼していない訳でも何でもない。それに新八の持つ強さが、剣技だけに潜んでいるとも思わない。


 けれども、それはそれだった。今何となく銀時に感じた、この釈然としない気持ち。新八に対する高杉の気持ちを知っているだろうに、その新八と常に一緒だとのたまう銀時のその根性。

 高杉の心は今、圧倒的にムカついていた(晋助っ)。




 「……テメェらの状況はどうなってる?」

 ムカムカとしたまま、高杉は銀時に声をかける。銀時は高杉の苛立ちを分かっているのかいないのか、ぐるりと周囲を見渡していた。

「んー。悪くねーよ。てかコレ、結構楽しいわ。向こうさんは山の地形なんざ知らねーんだろ。天人は分かんねえけど、幕軍のスマート連中なんざ赤ん坊も同然だよ。こんな泥くせェ喧嘩したことねえだろうし」

 銀時はコキコキと首を鳴らして、大きく伸びをしている。雨はまだ降っているが、この間の戦の時のような土砂降りではない。視界は良好だが、足元は確実に悪い。不慣れな地では敵方にはなおさらだ。
 そして、そんな時こそがきっと地の利を生かした白兵戦になろう。各々の剣技や対人戦におけるセンスも物を言う。

「そうだな……今回は悪くねェ。こんな山の中だ。図体のでけえ天人連中なんざ、隠れられもしねェ分だけいくらでも討てる。鬼兵隊の連中も今日は一人も欠けてねェ。だが油断は禁物だな」

 高杉も呟く。
 『鬼兵隊も今日は死者が居ない』とのその声に、ホッとした顔を見せたのは新八だった。それに無言で頷く高杉。


 そして、

「オラ、状況が分かったんなら高杉はさっさと行けよ。ここは俺たちが居るから。ここは俺が新八と二人で守るから、二人でな」

そんな高杉と新八を見て、しっしっと手を払っているのは銀時でしかなかった。まるで犬でも追い払うかのようなぞんざいな仕草に、新八と二人で、などと言って二人を強調する男に、

高杉が即座にこめかみの血管をプッツンさせるのは仕方のないことだった(早い)。


「……いや、俺もここに残る」

 けれども、いつものようにここで盛大にブチギレず、代わりにすうっと息を吸い込み、こめかみの血管をピクピクさせながらでもこう言えたのは高杉の尋常ならざる努力の結果である。賜物である。

 銀時の事だから、高杉のそんな努力の賜物を微塵も賜物扱いしないにしても。

「はあっ!?いいよ、こんなとこ残るのなんざ俺と新八で十分だよ!何なら夜戦になってもいいよ、薪とか持ってくるから。魚獲ってくるから、てかしばらく新八とここで暮らすから」

 明らかにムカッときただろう顔付きに変じて、銀時も言い募る。しかし高杉憎しの念を捨てきれず、しばらく新八とここで暮らすとまで言い切るこの男は、いや白夜叉は本物のバカである(いや高杉の中で)。

 だが高杉も負けなかった。今の乱戦状況を鑑みても、もう誰がどこに陣取ろうと構わない筈だ。場は混戦の極みだし、何より己の部下達は高杉の指示などなくても的確に動けると信頼するに足り得る猛者達だ。

「……俺ァここを動かねえ」

 従って高杉はむしろ堂々と言うが、そんな高杉を見る銀時の顔には、『うわ。バカだこいつ。ホンモノだ』的な眼差しがありありと透けていた(丸わかり)。

「はああ?!てっめ何が総督だよ!てめえを待ってる鬼兵隊の連中がどっかに居るっつーの!帰れや!」

 ガルルルと唸る勢いで、銀時が食ってかかってくる。それをかわして、高杉はフンと鼻で笑って見せた。

「帰らねェ、鬼兵隊が俺なしでは動けねェ能無し部隊だとでも思ってんのか。ふざけんな。むしろ今はテメェが散れ。ここは俺に任せろ」
「てめえこそふざけんなァァァァァァ!!何をどさくさに紛れててめえは新八と二人っきりになろうとしてんだ!お前こそ散らすぞコルァァァァ!!」


 けれど真顔で言い放つ高杉の胸倉を銀時が掴もうとしたところで、

「ぎ、銀さんっ!高杉さん!後ろ!」

新八の焦った声が聞こえてくる。高杉と銀時が二人同時に振り返ると、躍り掛かってくる敵の兵の姿が見えた。こちらも二人、向こうも二人だ。
 敵の人数と状況を視認するなり動いた高杉と銀時の行動は、尋常ならざるスピードだった。

 何の合図もないのにも関わらず揃って音もなく抜刀し、各々の敵を瞬時に斬り捨て、ドサァッと敵が地面に落ちた瞬間、二人同時に刀を鞘に納めた。ほぼぴったりの動きに、計ったかのような剣筋だった。

「……ほらな、銀時。テメェが居なくとも全く問題ねェ。だから散れ、テメェだけ他に行け」
「何が?全然大丈夫じゃねーし、むしろてめえのせいで危なさ倍増してんじゃねーか。敵呼び寄せてるし。てめえが残るのこそ危ねーよ。どっか行け高杉」

 しかし剣技には微塵の狂いもない二人だが、その心がピタリと合わさった事などなきにも等しいのがこの二人。
 ふう、と息を吐く高杉に、淡々と言い募るは銀時。剣を握らせればお互いを信頼して背中も預け合おうが、剣を一回でも納めてしまえばあとは喧嘩ばかりであった(お前達ッ)。



「テメェ……言わせておけば」

 高杉は銀時の言い草に即座にカチムカし、

「は?何その目。何が言いてェのお前。俺と新八は放っとけよ、ここで暮らしてくからさ。幸せになっから」

銀時こそ高杉のガン睨みに数倍もの口数で返し、やはりギリギリとお互いを睨み合う。されど、ここは戦の真っ只中。   
 延々と続くかにも思われるガンくれ合戦を打ち破るのは、いつだって敵の襲来なのだ。

 ガサッと足元の草が揺れたかと思うなり、次の瞬間にはもう前方の山道から敵兵がダダダと駆け下りてくる。


「──居たぞ、白夜叉だ!間違いない、あの銀髪……って、アレ?!よく分からんが鬼兵隊の総督も居るぞ!ま、まあいいや討取れッ!あいつらの首を獲れば俺たちの大出世も願いのままだ!」
「行くぞォ二階級特進!」

 言い草から見て完全に役所仕事の幕軍連中だろうが、そしてバカなのだろうが(他のモブに漏れず)、敵は敵。情けも哀れもここにはない。涙を手向ける輩も憐れむ輩もここにはいない。

 居るのはこれ、ムカつきとイライラで悪鬼のような顔をした、白夜叉と鬼兵隊の総督ばかりなりにけり。


「……ほらな。ほら見ろ。てめえのせいでこうなんだろ、バカ高杉」
「ふざけるな。テメェのせいだろうがクソ銀時」

「あ、あの、ちょ、真剣にね!?あんたら真剣勝負なんですよコレェ!!分かってんの、単なる喧嘩じゃないんですから!負けたら死んじゃうんですからコレェェェェ!!」

 そして、そんな二人の背後で両手でもって剣を構え、ツッコミするのは一人のメガネのみ。


「あーほんっとバカだわ。マジ嫌んなるわ、お前のそういうことさァ。何でいっつも俺に張り合うの?てめえいい加減にしろや高杉」
「張り合ってねェ、テメェなんざ俺の敵じゃねェ。ほざいてろ銀時、このカスが」


 ブツブツと言い合いながらも、駆け寄り迫ってくる敵連中に向けて刀をスラリと抜きはなち、同じように腰を落とし、同じように呼吸を練って……

「「人の喧嘩に水差すんじゃねえェェェェェェ!!」」


ダッと地面を蹴った瞬間、銀時と高杉の咆哮が時を同じくしてこだました。



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