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Many Classic Moments 42


*まとめ*



 かつて負け戦を期した日と時を同じくして、降り出した雨は未だ止む事を知らない。降り始めた当初はポツポツ程度だった弱い雨足も、時の経過と共に次第と激しくなっていく。
 ザァザァと降り続く雨のせいで、山肌の土はぬかるみ、山間を流れる川の増水も著しい。それでも尚、攘夷の御旗を各々の心に掲げた侍達は剣を取り、あるものは槍を取り、山の中で幕軍や天人連中と戦い続けていた。



 「なあ、もう結構時間経ってるよな?新八、今何時くらいか分かるか?雨のせいで太陽の位置が全然分かんねーわ」

 降りしきる雨の中、雨雲の垂れ込める空を見上げてハアハアと息をするのは銀時だ。次々と湧いては現れる敵を斬って斬って、斬り続けている為か、既に時間の感覚もない。頬にべったりと付着した敵の血糊を、忌々しげに手甲で拭う。その横顔には薄く疲労が滲んでいた。
 問われた新八も、ふっと空を見上げる。もちろん銀時すら疲労感を放つ戦場であるなら、こちらは全身に倦怠感を纏わせて。

「あ……今は夕方の手前くらいだと思います。高杉さんが合流してから、もう一刻半は経ってますよ」

 言ってから、ふう、と息を吐く。

 高杉が合流して三人となってからは、やはり銀時や高杉と言った強者の放つ雰囲気に釣られてくるのか、敵の出現が後を絶たない。次々と現れてくる敵を撃退した数はもとより、高杉や銀時が斬り捨てた幕軍も数知れない。
 無論、銀時や高杉のこと。血飛沫を浴びこそすれ、己が血を流すような事態には至っていないのが幸いである。

 だが今はまだ三人でひとかたまりになって闘っているので新八に負担も不安もないが、如何せん足場の悪さだけはどうにもならなかった。何の舗装も為されていない山道なので、雨でぬかるんだ地面は酷い有様になっている。それに迫ってくる敵と闘うことに夢中になっているうちに、いつの間にか三人の足は山の中腹に差し掛かっていた。山間を流れる川の音が微かに耳に届くので、滝壺やらの水場も近いはずだ。



 「だなー……てか高杉が合流した件については、俺はまだ認めてねーけど。マジでここには要らねえ人材だしよ」

 新八に返事を返されて、銀時も気怠げに息を吐く。元は白かった筈のその戦装束なんて、今は最早血糊や泥で見る影もない。でも戦の疲れはあれ、まだ横目で高杉を睨んでいるのが至極銀時らしかった。

 そんな銀時を睨み返し、ちっと舌を打つのは高杉でしかなかろう。

「……死ね、クソ銀時が」
「てめえこそ死ねやクソ中二」

 もちろん即座に言い返すのは銀時である。両者における睨み合いも何度目か。
 そんな二人を交互に見て、いよいよ疲れ切った眼差しを向けるのは眼鏡の少年しかいやしない。

「やめろよ二人共……もうテンション高く喧嘩止めるのも、僕ァ疲れましたよ」

 ハァァと重く吐いたため息と、二人を見据えた眼鏡の奥の目が若干ジト目になっているのだって、そりゃあ仕方ない事である。何しろ敵を斬る傍らで常に高杉と銀時が諍いを起こし続けているから、もう既に喧嘩慣れし過ぎているのである。

「……ほんっとこんなとこでまで喧嘩してるとか、二人してどんだけ余裕あるんですか。僕なんか目の前の敵を斬ってるだけで精一杯ですよ」

 ぼやき感マックスで告げる新八を前に、銀時はいかにもしれっとしたいつもの表情になった。無礼にも高杉をきっぱりと指差して。

「あん?俺に余裕なんかねーよ。だって余裕なんざ高杉の前で見せてみろよ?敵みてェにバッサリ斬り殺されるのが山だっつーの」
「フン。当たり前だろうが。……かと言って、俺も手ェ抜けば銀時に殺られるのは自明の理だがな」

 銀時に指差され、高杉も軽く息を吐く。返す銀時はと言えば、腕組みでもしたくらいにしてニヤリ顔だ。

「当たり前だっつーの。背後にはくれぐれも気ィつけろよ、総督ぅ」
「テメェこそ後頭部には気ィつけろ、白夜叉。じゃねえと後悔するぜ?その少ねえ脳みそが俺にカチ割られてからじゃ遅えしなァ」
「てっめ高杉!今てめえと決着つけてやってもいいんだけど、マジここが頂上決戦の場でも構わないんですけどォ?!」

 ククク……と嘲笑う高杉に、いきなりガン切れるは銀時(そろそろ慣れようよ)。『はあっ!?』なんて即座に反応するところなんて、新八から見ても銀時がまだまだ余裕のある証拠であった。ククク笑いを絶やさない高杉も同様である。というかむしろ、銀時と高杉における至極いつも通りの光景ですらあった。

 けれども、放っておけばそのまま延々と続くであろう喧嘩を止めずにはおれないのが少年の性なのだ。


「た、高杉さん、銀さんっ!マジ止めろってば!そんなん言ってるうちにまた敵ですよ!」

 またも山道の横合いから飛び出してくる敵の天人を発見し、彼方さんを指差す。それを認めるなり、高杉は剣を構えなおした。

「チッ……まだこうも敵が残ってんのか。剣の腕なんざ十把一からげだが、さすがに数だけは多いな。つくづくこっちの喧嘩に水指してきやがる」
「だな。敵斬ってるうちに、いつの間にか山の中腹?くれェに居んぞ、俺ら」

 銀時も即座に高杉との喧嘩を止め、剣を握り締めた。目の前に迫ってくる敵の数を無意識に数える。今度の敵数は一、二、三四……五か。もしかしたら雨に紛れ、六や七、八の伏兵が居るやも知れぬ。

「つーか待って、今度は数がやたら多くねーか?」

 数えているうちに、銀時の顔にも少しの緊張が走る。無意識に新八を背に庇って、じゃり、と足を半歩踏み出した。

「ああ……だが敵数は今はどうでもいい。目の前の敵だけ見てろ。集中しろ、テメェら」

 高杉も敵を睨み据える。一瞬の気の緩みもないように剣を構える高杉の姿を見て、銀時は背後の新八を振り返った。
 ぐちゃぐちゃにぬかるんだ斜面を踏みしめて、ザアァと降り続く雨露で張り付いた髪を掻き上げる。

「足元に注意しろよ、新八。これ滑ったら多分やべえ」
「うん……雨の音とは違う水音がするし、多分近くに川があります。落ちないようにですね」

 促された新八もまた、緊張感を崩さない。だけど、そんな新八から出たフレーズに銀時は声もなく笑うのだ。

「川ね。なら、敵をぶん投げて下の川に落とすのは?」

 言って、横合いの高杉を好戦的に見やる。そんな銀時をチラと見ただけで、あとはプイとそっぽを向くのは高杉だった。

「テメェの好きなようにしやがれ、馬鹿力」
「よっしゃ。今日は好きなだけ暴れていいんだろ?クソ厨二」
「フン。どうせまだ暴れ足りねえんだろう。つくづく悪鬼羅刹の類いだな、テメェは。白夜叉なんざ大層な二つ名付けられてる割によォ」
「てめえこそ、その喧嘩っ早さは何だよ。総督っつーかクソガキの頃と全く変わってねーじゃん。俺に斬られる前にせいぜいここで輝けや、クソ高杉」
「俺に斬られんのはテメェだろうが、クソ天パ」
「あん?やんのかコラ」
「はっ、やれるもんならやってみろ」

「だからいい加減にしろよアンタらはァァァ!僕もう疲れてんの、アンタらにツッコむ体力なんて残ってねーよ!今は目の前の敵に集中ですってば!」


 高杉と銀時が話しているうち、その飽くなき喧嘩魂に新八がツッコんでいるうちにも、ドドドと凄い勢いで敵は眼前に迫り来る。
 天から降り注ぐ雨粒を払うように、三人は大きく剣を払った。




Many Classic Moments41


*まとめ*



 雨が降り出してから、どれほどの時間が経ったのか。

 木々の間を縫うようにして、悲鳴や剣戟の音が響いてくる。そこかしこで勝負が起こり、ある者は谷底の川に背を浮かべて亡骸を晒し、またある者は木の幹に己の屍体ごと刀で縫い止められているような、酸鼻を極める戦が続いていた。
 だがしかし、その亡骸の数は圧倒的に幕軍や天人の方が多かった。攘夷の芋侍達は泥試合の中でこそ輝くのか、こんな過酷な状況の中でも、いや熾烈を極める状況だからこそか、其処此処でも闘いに競り勝つ場面が数多く見られた。





 「っ……新八!」

 山間の参道の片隅にひとり佇んでいた新八を、不意に後ろから呼び止める声がある。その声に少年が後ろを振り向けば、そこには既に懐かしい気さえする高杉の姿があった。
 黒髪に映える黒の陣羽織。防具の類いは一切身に付けない高杉だが、鉢金だけは新八と同じ物だ。


「あっ、高杉さん。お疲れ様です!」

 其処此処を走り回って敵をしばき倒してきたのか、高杉の息はハアハアと荒い。そして新八が再会を喜ぶ間も無く、ガシィッと新八の肩に両手を掛けてきた。

「あのバカ……いや、銀時はどこ行った?いつでもテメェの近くにいろと、俺があれほど………」

 呼吸も荒いのに、キョロキョロと周囲を探る高杉の視線は止まらない。あれほど新八の側にいろ、と申し付けておいた筈の銀時の姿が今は見えないことに怒っているのだ。怒気を孕んだ目で周囲を探っている。
 そんな男の気迫に押されながらも、新八は仄かに頬を赤く染めて呟いた。

「いやあの、高杉さん。早とちりしないで。銀さんはですね、」
「ここだよバカ」

 新八が告げようとした瞬間、新八の頭上の木から銀時が飛び降りてきた。ヒュッと風を切って落下し、わざとなのか何なのか、そのまま高杉と新八の間に狙い澄ましたかのように降り立つ。
 そんな銀時の姿を認め、舌を打つのは高杉だった。さっきまで銀時がいない事で怒っていたというのに、居たとわかるや否やげんなりした顔付きになるのも致し方なし。



「チッ……居たのかこのバカ」

 高杉に悪態をつかれ、しらっとした顔になるのは銀時である。ケッとばかりにそっぽを向く。

「居ねえ筈ねーだろ。常に新八の側には居んだよ、俺はよ。どっかの総督様とは違うっつーの」

 しかもそっぽを向くだけならいざ知らず、新八に同意を求め出す。

「なっ、新八」
「ハイ。銀さんのおかげです。僕らの周りの皆さんは全員無事ですよ、怪我もないです」

 そして素直に頷くのは新八だから、澄んだ目で戦果を報告してはいるが、そう言って見上げているのは銀時だから、高杉はやはり面白くなかった。全くもって面白くなかった。
 鬼兵隊の総督という立場のある自分とは違って、銀時はあくまでもただの白夜叉(ただの?)。自由に動けるし、いかようにも融通のきく身だ。だから新八と常に一緒にいる事もできるし、何なら新八がピンチの時には即座に駆け付けられる。だけども、高杉にはそれができない。

 しかし新八は圧倒的に強いわけでもないが、そこまで弱くもない。おそらくは普通の侍が三人ほど束になったレベルであろう。常に高杉や銀時や、桂や坂本などの常軌を逸したレベルの男達と一緒に居るから、新八の持っている強さが目立たぬだけである。
 だからいかに高杉だとて、新八の剣を信頼していない訳でも何でもない。それに新八の持つ強さが、剣技だけに潜んでいるとも思わない。


 けれども、それはそれだった。今何となく銀時に感じた、この釈然としない気持ち。新八に対する高杉の気持ちを知っているだろうに、その新八と常に一緒だとのたまう銀時のその根性。

 高杉の心は今、圧倒的にムカついていた(晋助っ)。




 「……テメェらの状況はどうなってる?」

 ムカムカとしたまま、高杉は銀時に声をかける。銀時は高杉の苛立ちを分かっているのかいないのか、ぐるりと周囲を見渡していた。

「んー。悪くねーよ。てかコレ、結構楽しいわ。向こうさんは山の地形なんざ知らねーんだろ。天人は分かんねえけど、幕軍のスマート連中なんざ赤ん坊も同然だよ。こんな泥くせェ喧嘩したことねえだろうし」

 銀時はコキコキと首を鳴らして、大きく伸びをしている。雨はまだ降っているが、この間の戦の時のような土砂降りではない。視界は良好だが、足元は確実に悪い。不慣れな地では敵方にはなおさらだ。
 そして、そんな時こそがきっと地の利を生かした白兵戦になろう。各々の剣技や対人戦におけるセンスも物を言う。

「そうだな……今回は悪くねェ。こんな山の中だ。図体のでけえ天人連中なんざ、隠れられもしねェ分だけいくらでも討てる。鬼兵隊の連中も今日は一人も欠けてねェ。だが油断は禁物だな」

 高杉も呟く。
 『鬼兵隊も今日は死者が居ない』とのその声に、ホッとした顔を見せたのは新八だった。それに無言で頷く高杉。


 そして、

「オラ、状況が分かったんなら高杉はさっさと行けよ。ここは俺たちが居るから。ここは俺が新八と二人で守るから、二人でな」

そんな高杉と新八を見て、しっしっと手を払っているのは銀時でしかなかった。まるで犬でも追い払うかのようなぞんざいな仕草に、新八と二人で、などと言って二人を強調する男に、

高杉が即座にこめかみの血管をプッツンさせるのは仕方のないことだった(早い)。


「……いや、俺もここに残る」

 けれども、いつものようにここで盛大にブチギレず、代わりにすうっと息を吸い込み、こめかみの血管をピクピクさせながらでもこう言えたのは高杉の尋常ならざる努力の結果である。賜物である。

 銀時の事だから、高杉のそんな努力の賜物を微塵も賜物扱いしないにしても。

「はあっ!?いいよ、こんなとこ残るのなんざ俺と新八で十分だよ!何なら夜戦になってもいいよ、薪とか持ってくるから。魚獲ってくるから、てかしばらく新八とここで暮らすから」

 明らかにムカッときただろう顔付きに変じて、銀時も言い募る。しかし高杉憎しの念を捨てきれず、しばらく新八とここで暮らすとまで言い切るこの男は、いや白夜叉は本物のバカである(いや高杉の中で)。

 だが高杉も負けなかった。今の乱戦状況を鑑みても、もう誰がどこに陣取ろうと構わない筈だ。場は混戦の極みだし、何より己の部下達は高杉の指示などなくても的確に動けると信頼するに足り得る猛者達だ。

「……俺ァここを動かねえ」

 従って高杉はむしろ堂々と言うが、そんな高杉を見る銀時の顔には、『うわ。バカだこいつ。ホンモノだ』的な眼差しがありありと透けていた(丸わかり)。

「はああ?!てっめ何が総督だよ!てめえを待ってる鬼兵隊の連中がどっかに居るっつーの!帰れや!」

 ガルルルと唸る勢いで、銀時が食ってかかってくる。それをかわして、高杉はフンと鼻で笑って見せた。

「帰らねェ、鬼兵隊が俺なしでは動けねェ能無し部隊だとでも思ってんのか。ふざけんな。むしろ今はテメェが散れ。ここは俺に任せろ」
「てめえこそふざけんなァァァァァァ!!何をどさくさに紛れててめえは新八と二人っきりになろうとしてんだ!お前こそ散らすぞコルァァァァ!!」


 けれど真顔で言い放つ高杉の胸倉を銀時が掴もうとしたところで、

「ぎ、銀さんっ!高杉さん!後ろ!」

新八の焦った声が聞こえてくる。高杉と銀時が二人同時に振り返ると、躍り掛かってくる敵の兵の姿が見えた。こちらも二人、向こうも二人だ。
 敵の人数と状況を視認するなり動いた高杉と銀時の行動は、尋常ならざるスピードだった。

 何の合図もないのにも関わらず揃って音もなく抜刀し、各々の敵を瞬時に斬り捨て、ドサァッと敵が地面に落ちた瞬間、二人同時に刀を鞘に納めた。ほぼぴったりの動きに、計ったかのような剣筋だった。

「……ほらな、銀時。テメェが居なくとも全く問題ねェ。だから散れ、テメェだけ他に行け」
「何が?全然大丈夫じゃねーし、むしろてめえのせいで危なさ倍増してんじゃねーか。敵呼び寄せてるし。てめえが残るのこそ危ねーよ。どっか行け高杉」

 しかし剣技には微塵の狂いもない二人だが、その心がピタリと合わさった事などなきにも等しいのがこの二人。
 ふう、と息を吐く高杉に、淡々と言い募るは銀時。剣を握らせればお互いを信頼して背中も預け合おうが、剣を一回でも納めてしまえばあとは喧嘩ばかりであった(お前達ッ)。



「テメェ……言わせておけば」

 高杉は銀時の言い草に即座にカチムカし、

「は?何その目。何が言いてェのお前。俺と新八は放っとけよ、ここで暮らしてくからさ。幸せになっから」

銀時こそ高杉のガン睨みに数倍もの口数で返し、やはりギリギリとお互いを睨み合う。されど、ここは戦の真っ只中。   
 延々と続くかにも思われるガンくれ合戦を打ち破るのは、いつだって敵の襲来なのだ。

 ガサッと足元の草が揺れたかと思うなり、次の瞬間にはもう前方の山道から敵兵がダダダと駆け下りてくる。


「──居たぞ、白夜叉だ!間違いない、あの銀髪……って、アレ?!よく分からんが鬼兵隊の総督も居るぞ!ま、まあいいや討取れッ!あいつらの首を獲れば俺たちの大出世も願いのままだ!」
「行くぞォ二階級特進!」

 言い草から見て完全に役所仕事の幕軍連中だろうが、そしてバカなのだろうが(他のモブに漏れず)、敵は敵。情けも哀れもここにはない。涙を手向ける輩も憐れむ輩もここにはいない。

 居るのはこれ、ムカつきとイライラで悪鬼のような顔をした、白夜叉と鬼兵隊の総督ばかりなりにけり。


「……ほらな。ほら見ろ。てめえのせいでこうなんだろ、バカ高杉」
「ふざけるな。テメェのせいだろうがクソ銀時」

「あ、あの、ちょ、真剣にね!?あんたら真剣勝負なんですよコレェ!!分かってんの、単なる喧嘩じゃないんですから!負けたら死んじゃうんですからコレェェェェ!!」

 そして、そんな二人の背後で両手でもって剣を構え、ツッコミするのは一人のメガネのみ。


「あーほんっとバカだわ。マジ嫌んなるわ、お前のそういうことさァ。何でいっつも俺に張り合うの?てめえいい加減にしろや高杉」
「張り合ってねェ、テメェなんざ俺の敵じゃねェ。ほざいてろ銀時、このカスが」


 ブツブツと言い合いながらも、駆け寄り迫ってくる敵連中に向けて刀をスラリと抜きはなち、同じように腰を落とし、同じように呼吸を練って……

「「人の喧嘩に水差すんじゃねえェェェェェェ!!」」


ダッと地面を蹴った瞬間、銀時と高杉の咆哮が時を同じくしてこだました。



Many Classic Moments 40



*まとめ*





 そして時は過ぎ、戦はついに始まった。地鳴りのような地響きを立てて迫り来る敵の軍勢を迎え撃つは、数百の攘夷の軍。
 こんな見晴らしのいい平原での迎撃などさすがに地球の猿は愚かだと、ある天人は馬鹿にしただろう。こんな少数でよくも正面から突っ込んでくるものだと、ある幕軍の侍は鼻で笑っただろう。


 そんな建前をも凌駕する戦働きを見せる侍達によって、次の瞬間には討ち取られているとも知らずに。




 「き、貴様っ……高杉晋助!」

 驚きで目を剥く天人の間合いに一気に飛び込み、高杉はその胸元に深々と刀を突き立てる。次の瞬間には一気に引き抜き、後方から迫った敵の喉笛をも切り裂いた。返り血を浴びる暇もない速度の剣技に、周りの天人達がどめよくのが分かる。
 分かるが、それでは高杉を止める事はできない。


「……チッ」

 一刀で斬り伏せたかとばかり思っていたのに、さっき斬った敵の天人がまだしぶとく剣を合わせてくるのを、眼前の白刃でガチャリと受け止める。白刃が閃いて火花の散る、まさに命を賭けたギリギリの攻防。
 だけど刀同士で押し合う刹那に、ふとあの夜の銀時の行為を思い出し、高杉は次の瞬間には思いっきり敵の足を払っていた。

 果たして、図体ばかりが大きな巨体の天人には足払いの効果は抜群だったらしく、ギャアァァァと雄叫びじみた悲鳴を上げてすっ転んだところをすかさず心臓を突き刺して仕留める。そして今度こそ絶命したのを見届けるなり、高杉は踵を返して駆けた。

 銀時との喧嘩で学んだ兵法をここで用いるとは、しかもそれで命を救われるとは癪だが、仕方あるまい。往往にして、図体や武器に頼っている天人共などは侍の剣技の前では木偶の坊に等しい。だが力ではもちろんこちらの分が悪い。

 ならばその巨体から見ても細かくは扱えないであろう、足元の弱さを狙うのだ。弱きをまず挫く、そして即座に仕留める。銀時なら確実にやっていることだ。だからこそ、あの晩の銀時も高杉目掛けて仕掛けてきたのだ。

 それは少し前の高杉なら眉をひそめた戦法だが(侍の沽券に関わると)、そして桂などは今も是とはしないだろうが、そんな侍の美学などとは到底縁遠い銀時の、その闘いにおけるセンスは計り知れぬものがあった。天賦の才とはこういうことを言うのだと、その闘いぶりを見るにつけ、さすがの高杉だとて感服せざるを得ないのだ。

 まるで本能で察知しているかのような、敵の動きを読む間合いの取り方。腕のみならず足をも使い、時には敵の脇差を奪い抜き、それを敵の喉笛に突き立て、なおかつ横合いから来た別の敵の顔面にはグーパンでも叩き込む。
その上で、はて肝心の銀時自身の刀はどこに……と見れば、もう一人の敵の腹に深々と突き刺さっていたりする。

 いったいいつの間に、などという質問は無粋である。白夜叉の前では、そんな質問なんて何の意味もなさないからだ。

そうして敵の腹に入っていた己の刀を鮮烈な血飛沫と共に引き抜き、また別方向から来た新手に斬りかかっていく、そんな戦働きが出来るのは銀時くらいのものだろう。

 だからこそ、多大なる畏怖と少しの蔑みを込めて言われるのだ。白夜叉と。

 だからガキの頃は言われていたのだ、“あれ”はバケモノの子なのだと。




 しかしだからこそ、高杉もそんな銀時から学ぶことは多かった。さっきもそうだ。あり得ぬ事だが、万に一つもあり得ないのだが、銀時とのあの殴り合いがなければ、そして銀時の戦法から学ばなければ、さっきの巨体の天人に力で競り負けていたやもしれぬ。

 もしそうなれば、あとは死が待つのみだ。戦場での負けは即座に死を意味する。そうなればもう新八には会えない。

 もう一生、この気持ちを伝えることもできなくなる。
 自分が新八に抱いている、この気持ちを。



 ふっと脳裏をかすめた少年の顔をふるふるっと頭を振って自力で追い払い、高杉は刀を握った右手に力を込めた。  
 足はまだ戦乱の最中をひた走っている。次の敵を探して、一人でも多くを殺すために。


(……まだだ。まだ足りねえ。雨が降る前に、俺が一人でも多くの敵を片付けねェと)

 頬に薄く飛んだ血飛沫を、黒い陣羽織の袖裾で拭った。
 戦場を駆けながら空を見上げれば、もう随分と近い位置に雲が垂れ込めているのが分かる。雨が降り出すのは時間の問題だった。

 だけど、この空の下には確実に新八が居る。新八が居るということは、近くには白夜叉の姿もある。桂や坂本も、各々の場所で敵を薙ぎ払っているだろう。


皆、同じ空の下で。












 ポツポツと頬に当たるもの、それが雨だということに新八はすぐ気が付いた。気付くなり顔を上げて、近くに居る銀時の姿を探す。


「銀さんっ!雨!雨が降ってきました!」


 見渡す視線の先では、銀時が今まさに敵の天人と交戦中だ。敵の刀の切っ先を避け、避けたと同時にわき腹に己の刀を突き立てる。そして敵がたたらを踏んだ瞬間を狙い澄まし、首を一刀で跳ねた。
 グパッとおかしな音がして、次には血の雨がどうっと降る。首を走る太い頚動脈を斬られたのだから、大量の出血は免れない。その首を失ってなお、まだ立っている姿勢の天人の身体が滑稽だった。


 全てが一瞬、まばたきの合間の出来事だ。だからやっと新八が目を背けた時には、もうあらかた勝負はついていた。


「……おー。ほんとだ。雨降ってきたな、マジに」

 どうっと地に倒れ臥す天人の身体を軽い仕草でひょいと跨いで、銀時は新八に倣って空を見上げる。その声には、今し方まで命の獲り合いに明け暮れていた若武者の緊張はない。むしろ飄々とした、いつも通りの銀時の声だった。

 顔に浴びた血の雨を洗い流すように、ふるふるっと首を振る仕草はどこかの野良犬にも似ていた。

「う、うん。これが後退の合図……ですよね?」

 既に血染めにも等しい白い戦装束に身を包む銀時を、新八がおずおずと見上げる。いつも所々が血塗れだったり、裾がほつれて破れていたりはするが、今日の様相はいよいよひどい。もはや白夜叉とも言えない、だってもう衣装どころか髪の毛先すら白ではない。

 今日の銀時の闘い方ときたら、鬼気迫ると言うよりは、いっそ常軌を逸していると言った方が近い。まるで何かの鬱憤を晴らすかのようにバッサバッサと斬り捨て、何かのイライラを解消すべく大いに暴れ回り、斬って斬って斬りまくり……を延々と繰り返しているのだ。それこそ疲れ知らずの体力馬鹿と呼ぶにふさわしい勢いで。

 そしてそんな銀時の側に常にいたせいか、今日の新八はほぼ敵を斬っていなかった(銀さんっ)。


「おう。一旦下がるか、後ろの山裾に」

 新八に聞かれて、銀時は軽く頷く。周りを見れば、他の志士の面々もどやどやと山に分け入っていくのが見えた。皆が本格的に一旦は本陣に下がる構えを見せている。
 もちろんそれは見せかけだけなのだが。

「高杉さんも桂さんも、坂本さんも居ますかね?」
「山に入ったらどっかで会うんじゃねーの?……ま、高杉には会いたくねーけどさ」

 不安げな新八の声に生返事で答えて、銀時は新八の手を取った。ぐいっと引いて、さらに後方を目指す。

「行こうぜ新八。遅れんなよ」
「あ、ハイ!待って銀さん!」

 ぱたぱたと頬を叩く雨がいよいよ本降りになってきた頃には、二人の足取りは既に山裾に向かい始めていた。




 雨が降ったと同時に何故か撤退し始めた攘夷の軍を見て、幕軍はいよいよ勝機は我らにありと確信したらしい。攘夷軍の根城である山城に逃げ込むかとでも思ったか、敵はそのまま残党狩りをする勢いでドドドと山に大挙して入ってきた。
 つまりは高杉の考え通り、敵の軍勢はまんまとこちらの陣地に誘い込まれてきたのである。


 こうなればもう勝機があると、既に勝ちは我らに傾いていると、戦の最中なのに奢りたかぶってしまったところが敵軍の運の尽きだ。幕軍のスマート連中はただでさえ慣れぬ山の地形に足を取られ、役所仕事で戦にやってきた連中は平原よりずっとぬかるみやすくなっている泥土に手間取る。

 その隙を縫った攘夷の芋侍達による反撃は凄まじかった。ある者は樹上から敵に槍の嵐を見舞い、またある者は雨で増水した川に敵を突き落とし、はたまた木の陰から奇襲をかけては敵に断末魔の悲鳴をあげさせ、また斜面に潜んでいた志士は敵にタックルをかまして谷へと地獄送りにし……と、

 え、もうこれ戦?戦っつーか喧嘩?自然の中でやってるプロレス?

という疑問の声でも上がりそうな、まさに場は混乱の極みにあった。しかし混乱は大いにあれど、徐々に、だけれど確実に戦況はひっくり返りつつあったのだ。



 それも、攘夷勢に優位な方向に。


Many Classic Moments39



*まとめ*





 翌日の朝早く、銀時達攘夷の軍勢は城を出た。山を降りたところに陣を張り、敵を正面から迎え撃つ為にも。


 戦が始まる前の高揚と熱気を孕んだ空気が、重く垂れ込めた曇天の下に漂っている。こちら側に散らばる攘夷の軍は数百がいいところだ。この間の戦で受けた負傷から回復してきたばかりの侍も多く居る。
 対する敵の軍勢は千を超える。しかも敵方には天人連中も多いし、その天人の持つ桁違いのパワーを秘めた武器も無数にある。兵隊の数や武力では、圧倒的にあちらが有利と言えよう。
 そう、あくまでも数値や理屈上の建前では、圧倒的に敵に軍配が上がるには違いない。

 だけれど、戦は数値や理屈のみでは測れない。天気や地理、そして各々が秘めたる力、あとは純粋な時の運……それら全てを加味していけば、どっちに転ぶか決して分からないのが戦なのである。



 そんな戦の前の独特の高揚感の最中で、やはり最後方に陣取りながら、ガチャガチャと音を立てて己の防具の確認をしているのは銀時だった。

「てめえはいつもみたいに俺と一緒のとこな、新八」

 言いながら、傍らにいる新八を見る。
 新八は銀時のように額に鉢金をつけて、胴体の前に防具をつけた戦場での様相に身を包んでいた。緊張した面持ちで、銀時の言葉にコクリと頷く。

「うん。じゃなくて、ハイ。よろしくお願いします、銀さん」

 朝のうちに軍の皆には作戦計画が通達してあったので、新八ももちろん今回の作戦は知っている。ガキの頃から銀時達と遊びまわっていたので、自然の中で走ったり隠れたりする事にも慣れてはいる。

 それでもやはり緊張はするのか、刀を持つ手にも無性に力が入っていた。ガヤガヤと騒めく戦前の熱気の中にいるだけで気分は昂ぶるし、それだけで自然と身が引き締まるような、ひりひりと肌を刺すような感覚がある。武者震いの類いかもしれない。


「俺から離れんなよ」
「はいっ!銀さんから離れません!」

 だから上から降ってきた銀時の声に、またも新八は素直に頷いた。むしろ間髪入れずに頷いた。
 新八だとて十六歳、向かう所敵なしの十代にして若侍なのである。しかも誰よりも熱いマインドを持った少年なので、むしろ時には熱苦しいほどに熱い少年なので、自分の中のヒーロー像に程近い銀時の言葉に頷かないはずがなかった。

 そんな少年の気迫に少し引きつつ(引くなよ)、銀時はいつものようにだらくさく耳を掻っ穿る。

「誓えよな。てめえ熱くなると何すっか分かんねーし」

 銀時もそんな志村少年の熱い気概を知っているので、あくまでも淡々とではあるが、提言を止めなかった。それにコクコクと再度頷き、ひどく熱い眼差しを投げてくるのは新八だ。

「大丈夫ですよ。僕、ずっと銀さんの側に居ますからね」

 そして、にこっと笑う。鉢金の下にあるその笑顔に、不意打ちで食らったそれに、銀時が何となく目を逸らしたのは言うまでもなかった。
 『ずっと』なんて甘い約束に、ほんの少し、少しだけ胸がキュンとするのも。


「うん……できたら、その返事もっと別の場面でもちょうだい。次は別のところで誓ってくんない、教会か神社的な」

思わず本心を言ってしまうのも、致し方ない事だった(銀さん)。


「は?」
「いや何でもねーわ」

 だけれど、ここは戦場。ウェディングベルを鳴らすチャペルでもなければ、三々九度をする厳かな神社でもない。

 訳が分からぬ様子で小首を傾げる新八に見切りをつけ、銀時は静かに空を仰いだ。雨を含んで鈍色に重く垂れ込めた、曇天の空を。

「まあ、てめえもなんだかんだで出来る子だしな。雨が降らねーうちは何とかなんだろうけど……でも雨降って後ろの山の中に下がったら、そこからはマジに泥試合だろ。何あるか分かんねえから、新八は絶対ェ俺のこと見失うんじゃねーぞ。なるべく俺もてめえの近くに居るから」
「はい。僕も銀さんの背中を護るように努めます」

 手を空に翳して語る銀時の傍らに、そっと新八は寄り添う。腕と腕が触れ合うようなパーソナルスペースガン無視の距離であったが、二人して特に気にしなかった。
 側から見れば限りなく近い距離ではあったが、何かのやましい想像を掻き立てられるような睦まじい後ろ姿ではあったが、あいにく銀時と新八には自然な距離感でもあるので、二人はそのままである。


 そんな姿に周りのモブ志士達がやましい想像を掻き立てていようとは、肘で小突きあいながら背後でヒソヒソやっていようとは、今の二人には知る由もなかった。



「う、うわあ〜……近えなあ。銀時さんとあのメガネ。なっ、見てみろよアレ。ほぼ引っ付いてんぞアレ」
「げっ。マジだ。戦の前なのによくやるよ。隠すことなくなってきてるよな、最近なー」
「あーな。銀時さんの態度だろ?すげーよな。本気で惚れてんのかな」
「あー……だな。銀時さんがマジかもなー」
「ええっ、銀時さんの方かよォォォ!?メガネじゃなくて!?」
「ばっか。あの目見てみろって、どう見ても銀時さんが惚れてるよ。マジ惚れ、てか岡惚れ。抱いてんだろ」
「えええ、やっぱ抱いてんのかよォ?!だからずりィってそれ!」
「あっ、バカ声がでけえよ!聞こえんだろ!しーっ!」
「ゴメンゴメン」
「ほんとお前バカなー。……でもさ、メガネの方はいまいち分かんねえっつか。やっぱ……高杉さんの事もあんじゃねーかなァ」
「はあぁ?!何だあのメガネ!ふざけんなし!銀時さんのが絶対ェいいじゃんな。強えし」
「なあ。完全に銀時さんだろ、戦場じゃなくても無人島行っても、完全に俺は銀時さんに付いてくわ。銀時さんに付いた方が生き残れるよ」
「だなあ。無人島では銀時さん一択だわ。高杉さんだと火のおこし方とか知んねーよ?たぶん」
「それな」


……などと、最後は無人島に漂着した場合のシュミレーションにまで話を及ばせながら、モブ志士4とモブ志士5が懇々と熱心に語り合っていることなど、

今の銀時と新八は知る由もなかった(いや知らない方がいいだろ)。






 「あー……あのよ、ここくる前に高杉も居たろ?高杉はてめえに何つってた?」

 後ろ頭を掻きながら、何となくの体を装ってポツリと銀時は尋ねる。聞かれた新八はと言うと、何も臆す事なく話しだした。

「はい?……ああ、『銀時と離れんじゃねえぞ』って。高杉さんはそれだけっスよ」
「……ふーん。てか、その高杉は?」
「いや、鬼兵隊はいつもみたいに前方でしょ?高杉さんは先陣ですよ、何言ってんの銀さん」
「……あっそ」

 この間の殴り合いの喧嘩を見ていた新八ではあったが、その原因の発端がまさか自分にあるとは毛頭思っていない。だから素直に質問に答えたのだが、銀時は何となくつまらなそうにまた空を仰ぐだけだ。

 そんな銀時の横顔を見上げ、その背景にある曇天の空を仰いでから、新八はぎゅっと両手をきつく握った。



(高杉さん……どうか無事で居てくださいね。いや、僕の方が無事に居なきゃダメだけど。でも僕、今回の戦が終わったら絶対に言うから。高杉さんに……好きって)

鉢金の下の双眸に熱い決意を漲らせて、誓った。そう、新八は完全に完璧に、ある種の“フラグ”を立ててしまっていたのだ。

Many Classic Moments 38





*まとめ*





そんな状況をぶち破り、

「やめんかお前たち!」

一触即発の様相で睨み合う高杉と銀時をずずいと引き離すのは、やっぱりお目付け役の桂の役割でしかない。

「全く……今は厳粛なる軍議の場なんだぞ。銀時は初めて軍議に出てきたかと思ったらなんだ!高杉と喧嘩をしたいだけなら出て行け!高杉も高杉だぞ!簡単に銀時に煽られて、鬼兵隊の総督がそれでいいのか!」

 銀時と高杉を交互に見て、くわっと大喝する。何ならげんこつでも落とさんばかりの勢いなので、さすがに叱られた二名だとて自然と黙らざるを得なかった。



 それなのに、

「だってコイツがうぜーんだもん。マジぶっ殺してェ」

銀時は高杉を指差し(人を指差しちゃいけません)、

「チッ……うるせェんだよヅラ。こいつをブチ殺すだけだ、放っとけ」

高杉は銀時に向けて舌を打ち(人に舌打ちしちゃいけません)、

「だからお前たちィィィィ!!それ思いっきり私情だよね、個人的な怨恨をオフィシャルな場に持ち込んでるよねェェェ!!??」

そんななめくさった態度は再度桂の逆鱗に触れるだけだった(当たり前です)。いつもなら安心してボケに回れるのに、新八も居ない今は得てしてツッコミ役に回らざるを得ない、そんな重責へのイライラも無論あった(桂さん)。

 もちろん桂だとて、今の高杉と銀時の不仲の原因は否応なしに分かっている。新八絡みの恋情が原因だとは気付いているのだが、それとこれとは話が別だろう。

「分かったから、ここにまで私情を持ち込むのはやめろ」

 重々しく言うなり、いつの間にか少し離れたところに自主避難していた坂本が、それをうんうんと頷きながら聞いている。何なら頷きながら、膝でにじり寄ってきたくらいにして。

「そうぜよ。側から見てると、おまんらまっこと阿呆の極みじゃ」

 しかもしたり顔で、あろうことか銀時と高杉をいなすものだから。

「どうせアレよ、新八くんを取り合ってそんなややこしくなっちょるんじゃろ?メス取り合って喧嘩しとるオス同士のようなもんじゃろ、ならジャンケンでも何でもして、平和的に解決への糸口を……あ、もしくは3Pとかどうじゃ!これ名案!」

……さらには嬉々として、左手の親指と人差し指で作った円に、ズボズボと右の人差し指を出し入れするものだから(もっさんんんんんん)。

「穴兄弟が何じゃ、まったく問題ないきに。大丈夫じゃろ新八くんなら、アッチの方も問題なくイケるぜよ。おまんらもちゃんとゴムだけは着け……」

 そして延々と演説をぶっこいていたところで、
ゆらりと近付いてきた二名の姿を坂本が見上げたところで、

「へぶぅぅぅぅぅ!」

 銀時と高杉、二人の鉄拳が坂本の顔面にストレートで入った。全く綺麗に決まった、息を合わせたかのようにぴったりの所業だった。

「さ、坂本ォォォ!!??」

 二人にブン殴られてズザァァッと畳の上を滑っていく坂本の身体を見送り、くっ……と眉間を絞っているのは桂である。静かに首を振り、そっと寂しげに目を伏せた(いや助けに行けよ)。

 そして坂本をブン殴った二人はと言うと、

「あーやだやだ、馬鹿がうつりそう。これだからへその緒と一緒にデリカシー切り落としてきた馬鹿は違ェわ」
「……確かにな。これ以上ない程くだらねェもんを殴っちまった」

銀時も高杉も極めて真顔で、そして極めて似通った仕草でぱっぱと手を払っているだけだった(お前ら)。だけど坂本に一発かました事で落ち着けたのか、二人して座り直しているのは不幸中の幸いか。

 そんな二人に向け、桂は悲痛なる声を荒げる。

「オイ貴様らァァァ!!坂本の死をどうするつもりだ、貴重な戦力がァァァァァァ!!」

 早くも坂本を亡き者にしているのが気になるが、それでも桂は真剣そのものだ。眉間を絞って懇々と説教するが、しかしあいにくとそれを真面目に聞くような二人ではない。
 従って桂もしまいには嘆息し、

「ま……まあいい。いや良くはないが、高杉も銀時も坂本の死は無駄にしてはいけないぞ。軍議の続きだ」

真面目な顔をして地図の前に座り直した。部屋の片隅から、

「いや、わしは死んでないからなヅラ。生きとる生きとる」

顔面血まみれの坂本がひょいっと起き上がるのにも関わらず(もっさんの回復力パねえ)、

「さて、どうでもいいから再開してくれ。高杉」
「いや生きとるからねェェェ!!??わしゃまっことピンピンしとるぜよ、生への充足感で満ち満ちとるぅぅぅ!!」

あくまでもキリッとした表情を保つ桂であった。そしてついさっきのされた筈なのに、綺麗にストレートパンチを決められたのにも関わらず、もう何でもないかのように円座に戻ってくるのは坂本でしかなかった。




 四人が再び地図周りに集まった頃合いを見計らうかのように、高杉がおもむろに顔を上げる。

「……何にせよ、俺の意見は変わらねェ。下の平原で敵は迎え撃つ」

 煙管の雁首を、地図上の平原にすいっと差し向ける。その目には早くも好戦的な色が浮かんでいた。

「何か策はあるのか?」

と、やはり険しい表情を崩さぬは桂。

「ないとか言わせねーけどな」

 銀時はいつもの平淡な顔で耳をほじっている。
 高杉はそんな二人の幼馴染を見て、低く笑った。くつくつと喉を鳴らす。煙管を持たない左手を空に翳して。

「フン。俺を馬鹿にするんじゃねェ。……今日のこの空気の湿り具合をみろ。明日には必ず雨が降る」

 
 確かに高杉の言う通り、今日の湿度は一段と高い。このまま行けば、明日には天気の崩れは免れぬ事だろう。
 だがしかし。

「確かに雨は降りそうだけどよ。でもさ、雨ん中闘って、またこの前みてーな負け戦になったらどうする?……この前も雨降ってたしさ」

 銀時が言及するのは、この間の戦の事だ。あの時も雨が降っていた。雨が皆の足場を悪くしたし、皆の視界を妨げた。そんな中でも闘い、たくさんの戦功もあったがたくさんの死者も負傷者も出し、結局は攘夷の軍は敗走を余儀なくされた。この山城に落ちてきたのだって、元はと言えばあの負け戦があったからなのだ。


 もうあんな戦はごめんだ。てか次は勝たなきゃやべえ。マジに。


そう銀時の顔に書いてあるのを読んだのか、高杉はまた笑う。そして不敵に言い放った。

「今度はその雨を使え」
「?……どういう事だよ」

 訳が分かんねえ、とでも言いたげな銀時を一瞥し、桂と坂本の顔を順繰りに見て、高杉は恬然と続ける。

「いいか、俺の作戦はこうだ。……最初、雨が降らねえうちは下の平原で敵と闘え。だが一旦雨が降り出したら、後方の山裾まで全員で下がれ」
「下がれ、とは何だ高杉。たとえこちらが勝っていても、下がるのか?」

 高杉の言い出した不可解な戦術に、訝しげに論を唱えるのは桂である。むむ、と首を傾げた。
 それに頷く高杉。

「そうだ。敵にはここは不慣れな地だ。雨が降れば地面もぬかるむし、川も増水する。それを使えばいい……雨が降った事で一旦は引くと見せ掛けて、あとは山の中に誘い込め。木々の間を抜けんのも、暗がりから仕掛けんのも自由だ。俺たちの十八番じゃねェか」

 そして面を起こし、ニヤリと口の端を吊り上げる。

「あとはテメェらの思うように、敵を全員ぶっ殺せ」


 瞬間、行灯の炎がパチパチと静かに爆ぜた。その灯りが高杉の顔に影を落とし、不思議な陰影をつけている。その横顔は既に戦への高揚と興奮に満ちていた。

「へー……それ面白そ。ガキの頃やってた遊びみてえ」

 まるで洗練された戦い方ではないが、そう告げる銀時にも心躍るものがある。自然の中の地形を使った“戦ごっこ”なんて、それこそガキの頃から何回興じたか分からないからだ。

 木の上から棒をブン投げられたりブン投げたり(危ない)、よそ見していれば川に突き落とされたり突き落としたり(だから危ない)、逆に山の斜面に潜み、側を通りかかった相手の懐にいきなり飛び込んで二人してゴロゴロ転がって行ったり……まさしくそんな遊びに明け暮れていたガキの頃を過ごした自分たちにしか、そんな闘い方はできまい。限りなく野生育ちの荒くれ者を擁する自軍には相応しいとも言えよう。

 ここに居る大勢の攘夷の連中のような、馬鹿で短気で豪気で、でもひどく人情味のある侍たち、つまりは人間臭くて泥臭い芋侍達にもお似合いの戦術なのである。

 天人に迎合し、甘い汁を啜るばかりの幕軍連中は確かにスマートな道場剣術を有するだろうが、それだけでは戦場で決して勝てやしない。いや、ここでは勝てないことを教えてやる。



 「ふむ……危ない手ではあるがな。こちらも気を付けて闘わねばならないが……だがそれはいいかもしれん。敵はこの山の地形なんて分からん。対してこちらはここで暮らしてる分だけ有利だ。いかようにも奇襲が掛けられるな」

 高杉と銀時の目がキラキラと輝かんばかりの様子を見て、桂はやれやれと嘆息している。こうなればもう高杉も銀時も言うことを聞かぬものと悟っているのか、もはや小言を付けるつもりもないらしい。
 その横合いから、ニッコニコの笑顔でずずいっと割り込んでくるのは坂本である。

「おお、確かにのう。雨が降ったら隠れんぼ……かつ、鬼ごっこに転ずる訳じゃな。こいつはまっこと面白くなるぜよ」

 なかなかのボンボン育ちのくせに、なかなかどうして坂本だって悪ガキじみているのだ。高杉にも銀時にも劣らない。
 よっしゃあ!なんて叫ぶ傍らで、ぐるぐる腕を回しているその姿なんて、南海は桂浜出身の悪ガキ代表そのものである。そのままの勢いで銀時にがっしと肩を組みに行く様子も。

「よっし!金時の出番ぜよ、こういうんは。わしのとこでも援護しちゃるきに」
「うん。敵も油断するだろうしな、俺らが一旦陣地に下がれば。その余裕ぶってる顔面に、横合いからでも木の上からでも一発ブチかませばいい訳ね」

 坂本に肩を組まれつつ、銀時は正面の高杉をチラリと見やる。高杉もまた、口の端を持ち上げて鷹揚に銀時を見た。


「奇襲隠密作戦はテメェの十八番だろうが、白夜叉」
「てめえも木登りは得意だったろ、どっかの総督さんよォ」


 互いの顔に浮かんだ戦への興奮や高揚をひりひりと肌で感じながら、軽口を叩き合うのも忘れずに。
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