やっぱり、あたしには最後を看取らせてくれなかったね。



前に危ないかもって時もあたしがお風呂に入って来るねって声かけて入浴中だったよね。そして、今日もお風呂入って来るねって撫でて。……あたしが入浴してる最中に亡くなったんだね。

最後は吐いちゃったけど、前みたいに過呼吸みたいな状態にもならずに静かにいけたって看取ったママが言ってた。

苦しみの中でいかずに、皆が仕事で出払った日中に独りでいかずにすんで良かった。心からそう思うのに、家族に看取られて静かに、本当に心から思うのにね…

涙が止まらないの。良かったって、良かったって思うのに涙が止まってくれないの。


小学生の時、男尊女卑の家の中、祖父母からの半虐待状態で両親も自分の事や弟の事ばかりで助けてくれず、友達と遊ぶのも憚られながら家事と弟の世話や給仕にあけくれてこっそり泣いて生に絶望してた時。横に来て手を舐めてくれて、ギュッと抱きしめた。当時、家族の、無償の温かみを教えてくれたのは貴方だけだったんだよ。

中学生の時。家の中は最悪で。祖父母の虐待もピーク。両親の八つ当たりもピークな時。自我が強くなり出した弟にも見下されてた頃。他人よりも家族が怖かったあの頃。貴方にだけは触れられた。あたしが呼ぶと一目散に飛んできて、祖父母に向かって一生懸命吠えてくれたよね。でも、そのせいで祖父にコップで頭を殴られた貴方を見た時、初めて心から純然たる憎しみを覚えたんだ。あんな扱いを受けても最早生きる為には仕方ないと麻痺してたあたしが初めてだよ?

今覚えば本当に貴方を愛しんでたんだね。でも、あたしは当時その感情がなんなのか知らなかったから分からなかったの。今でも自信はないけどね?

あたしが追い詰められ過ぎてた時も貴方は側に居てくれたよね。あたしね?貴方だけは絶対護らなきゃって決めたんだよ。

高校に上がって。祖父母の家を出たけど、相変わらず弟中心の生活には変わりなかったけど。ちょっとヤンチャをしながらも学校に通いながら家事を一手に引き受けてた。そんなあたしの後ろをチョコチョコと着いて回って、あたしが部屋に帰ると扉の前にいつも寝てたよね。

ドアを開けて、入っておいでって言うと嬉しそうにしながら寄ってきて近くで丸まってたよね。

それから学費と家に入れるお金を稼ぐ為にバイトを始めて同時期に推薦で生徒会役員も始めた。てんやわんやで精神的に擦り切れてた時もあたしは弟達の為じゃなくて貴方のご飯代を稼いでるんだって言い聞かせてたんだよ?

もっと稼いでこいってママに言われて夜のバイトも増やした。痛客に絡まれて、楽しそうに遊ぶ同年代を目にして。時々泣きそうになりながら帰宅してたあの頃、帰ると貴方が玄関で嬉しそうにあたしの帰りを待ってて、くるくる着いてまわりながら出迎えてくれてたよね。

夢の為にバイト代から自分の取り分をやり繰りしながら少しづつ入学金を貯めて、成績をキープしつつ生徒会役員をしながらパイプを確保して、高校創設初の賞を授与して指定校特待推薦をもぎ取った卒業年度の夏。弟の馬鹿が発覚して甘やかすだけ甘やかして溺愛してたママが焦ってあたしに言ったよね。そしてあたしの入学金は弟の塾費に変わり、進学せずに弟の高校の学費を稼ぐ為にバイトをすることになった。

内心やさぐれて全てに無気力になった。けど、やっぱり貴方を食べさせなきゃ護らなきゃと思ってガムシャラに働いた。胃に穴が空きながらチックが日常化しつつ、全身湿布まみれでも、痛客に絡まれようと両親や弟に罵倒されようと。それでもね?

生きる目的や夢を失ったあたしが頑張れたのは貴方を護らなきゃって思いがあったからだよ。

ただただ毎日毎日早朝から深夜まで働いて働いて。手元に残るバイト代は微々たるものだったけど、それでもね?

貴方が疲れて帰ってきたあたしを嬉しそうに玄関で待ってくれてたから、頑張ってこれたんだよ。あたしも家族に必要とされてるんだって思えたんだよ。



もう永くないってお医者に言われて、フーフー言って寝たきりになった貴方がふらふら転けながらもあたしの部屋の前まで歩いてきたのを見た時。なんかもう言葉にならない思いでいっぱいで、泣き崩れそうになったんだよ。

こんなになってまで、両親の所から抜け出してあたしの所に来ようしてくれるんだって。あたしの心を命懸けで守ってくれようとしてるんだって。


ダメだね。笑顔で送り出してあげなきゃって分かってるのに、涙が止まらないの。貴方との思い出が次から次へと浮かんで、明日からは呼んでも返事がないんだって思うと…。ごめんね。ダメな未熟な家族でごめんね。でも、でも。

こんなあたしを、あたしの心を守ってくれて、ありがとう。愛してくれてありがとう。ゆっくり休んでね。今までありがとう。あなたと居れた12年は全てが幸せだったとは言えないけど、あなたと一緒に居れた時間は宝物で幸せな時間でした。

ありがとう。言い足りない程のありがとうを貴方に贈りたい。ありがとう。向こうではゆっくり自分の為だけの時間を過ごしてね。