ほほえんでいました
有無を言わさぬあなたの優しさに

だけど
心の奥では背けています
有無を言わさない優しさは、辛いから



・・・これ、プラスにもマイナスにもどっちにもとれるなぁ(笑)
ただわかりたくなかったのかもしれない
わかるほどに目を臥せる自分がいたから
いっそのこと盲目でいたいと願ったけれど盲目になることも1つの“逃げ”だということに気づく


与えるもの、受けとるものすべてが“優しさ”ならばとっくにわかっていたよ

与えるもの、受けとるものすべてが“優しさ”ならばとっくにわかっていたんだよ──・・・


わたしは後者だったんだろうな。全部が全部そうじゃないことを知っていながら。
いつからか“無償の愛”とそういう“優しさ”は同じようでいて全く違うものだと思いはじめた。前者は心から温かく感じるけど後者はその人自身を見てくれてない気がするんだ。
なんだか“それ”は押し付けられてる気がして。しかもこっちに拒否権はないし。一方通行のやりとりにただただ目を瞑りたくなった。

・・・それが優しさというのなら、私はそんなものいらないわ。
だけど同じように目を瞑ることが逃げならばせめて私は向かい合わなくちゃ、ね。
いっそ一回当たって砕けた方がいいかもしれぬ。







・・・そういや去年の今頃に言われたことと同じようなことをつい最近、違う人から言われたです。
嬉しいけど、照れる(笑)
んと..私はそこまでの人じゃないよ。それにその言葉、私には勿体ないくらいだし(笑)
特に油断してるときに限って一番欲しい言葉言ってくれる人ってずっと大切にしたくなりますよね(*・艸・*)
この人、見てくれてるんだなぁって思う。・・・もしくはそういう人たちってきっとエスパーですよね!笑
あ、知ってます?人って世の中の5人に1人はエスパーらしいですよー!..ってこれ根拠あるのか??笑
そういう人たち見てると私はまだまだ求めてばっかりだなーって感じます。うん、、押し付けの優しさじゃなくて無償の愛をあげられるような人になりたいですね。しっかしなるにあたっては坐禅組んで悟りみたいなの開かないとだめかしら