ある所に一人の絵描きがいた。
そいつの描く絵ってのは、一般人にしたら描けないが、他の絵描きにしたら下手な絵でしかなかった。
その絵描き自身、他の絵描き達よりも、絵に対する誇りや自信、愛情、情熱ってヤツが欠如している気がしていた。
それでも、彼は思うがままに筆を走らせていた。
下手なりに。
出来る範囲で。
だが、ある日の事だった。
フラリとその絵描きのカンバスを覗いた他人が言った。
「何だこの絵は!」
彼はただ、流れゆく川を、自己の世界を反映させて描いていただけだったのだが、覗いた他人には、阿鼻叫喚の地獄絵図にでも見えたのだろう。
恐怖にも似た驚きの声に、絵描きはパタリと手を止めてしまった。
しかし、彼は筆を折るには至れないと察してもいた。
どんなに不気味と喚かれようとも、誰もが目を覆い、見てくれなくなろうとも、彼にとって、絵とは唯一の捌け口であった。
日々の嘆き、悲しみ、喜び、感動する全てを、彼は絵に留めたいと思っていたからだ。
欝屈した精神でさえ、カンバスにぶちまけると、それは「作品」となって、彼を満足させ、落ち着かせた。
ただ…。
周りは、そう思うとは限らない。
承知の上だった。
理解しているつもりだ。
しかし、残念ながら。
彼も人間であるが故に、自分の絵が評価されない事を悔やみ、理解されない事を悲しいとも感じた。
それでも、彼の絵は進化するどころか、ますます屈折してしまう。
花を描いても、木々を描いても、空を、夢を…何を描いても、彼の絵は、皮肉混じりの絵の具の塗りかさねでしかない。
ある人からすれば、彼は「病気」であったが、他の誰かからすれば、彼はただの絵の下手な絵描きだった。
そして、彼自身にしてみれば、彼は彼でしかなく。
彼の絵は、どうする事も出来なかった。
そんなある日。
彼は、ふと描く事を辞めた。
いや、辞めてみたと言うのが正しい。
しかし。
彼が絵を描こうと、描くまいと、世間には何の関係もなく。
どこかで誰かが、何かに耐えられずに独り死んだとしても。
周りの一部が驚くだけで、特に何かが変わるわけでもなく。
描かれるのを待っていた絵が、生まれてこないだけであった。