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『鬼の灯〜悲恋火・七』

さて、そんな鬼がどうなったのか。

それは古より伝えられた通り。

村に躍り出た彼は、直ぐ様「鬼」と罵られ、石を浴びせられた。

それでも彼は逃げなかった。

娘を探して走り回った。

最期にあの愛らしい顔が見たかったから。

ただ闇雲に走り回った。

旧友達は、彼を知りつつ口を接ぐんだ。

鬼の子は己らの秘密。

幼なじみの友であるなどと、誰が言えようか。

鬼の子は涙を堪えて娘を呼んだ。娘の名を叫んでいた。

しかしながら。悲しみと失意、さらに憎しみに駆られた彼の声は、もう雄叫びにしか聞こえない。

鬼の子は娘を見つける前に、村の男衆に捕えられ、手足を後ろ手に縛り上げられ、そのまま火に掛けられた。

最期に見えた村は、あの頃と変わらぬ穏やかな村。

己が鬼でなかったならば。

娘が己を始めから怖れて、声すらかけてくれなかったなら。

何より。

この狭い狭い世界だけでなく、広い世界で生きられたなら。

「我は焦がれず済んだのだろうか?」

赤い赤い鬼灯が、また村の外れに咲き、子供らが遊ぶのを黙って見ている。

その子らの中に、あの娘の子も混じっているのか。

鬼の子には、知る事も許されなかったそうな。

/終

『鬼の灯〜悲恋火・六』

―ややが…産まれるよ

ある夕暮れ。

雀達の何気ないさえずり。

その一言で、何もかもを悟る。

自分の中に産まれたのは、狂気にも似た、壊れかけた衝動。

それなのに、あちらさんは、幸いに浸るのでしょうか?

自分を責めても、何も産まれない。変わらない。

―攫えば、良かった…?

答え無き問い掛け。

思えば、長い時を悔やんでいたように感じる。

だが、決断が出てしまえば、実行まではとても短い。

鬼が鬼となるのに、時間は必要だろうか。

否。




雀達がピィピィわめいて、伝えようとしていた。村に走り寄る、人成らざる者の気配を。

狼のように大地を蹴り上げ、爛々と目を光らせた。

あの哀しい鬼の子が、久方ぶりに村に向けて駆け下りて来る。

嗚呼、どうか。神様が本当にいるのならば。全てが幻で、またいつものように、幼い皆が、彼を待ちわびていたならば良いのに。

凛々しく伸びた角など、幻であれば良いのに。

木々が騒めき、草花が涙を流しながら一斉に叫んだ。

―戻れ!鬼よ。鬼の子よ。

―行くな!行ったならば、二度と戻れぬ。戻れはせぬぞ!

しかし、彼は風のままに…村に向けて駆け抜けて行く。

ためらいなど、遥か昔に繰り返した。

後悔など、当の昔に悔やみ尽くした。

足の痛みも、上がる呼吸も、この日のために、取っておいた苦しみでしかない。

「あああああっ!!」

絞り出した声は、聞いた事もない雄叫びだった…。

/続

『鬼の灯〜悲恋火・五』

さて、それからだ。

音を発する事無く、鬼の子は一人で思案する日々を繰り返していた。

一度だけ、里に下りた事がある。

だが、娘はいつもの場所にいなかった。

待ってみる勇気が、鬼の子にはない。

何より、訪ねていく事が出来ぬ事を不意に思い出した。

自分は鬼であるという事。

人と共に成長した彼は、忘れかけていた事。

だが、変わる事の無い事。現実とは、そういうもの。

そんな日々を送る内。次第に、鬼の子の中に、本来の血が芽生え始めた事は誰よりも彼が理解していた。

曲がらない現実を、壊したくて堪らなくなった。

力任せに。心任せに。

「出来るものなら…」

彼方に聞いた噂話。

暴挙に出た同族の噂は、あまりにも衝撃である。

村を破壊しただの、疫病を流行らせただの、人を攫っただの…。

しかし、苦痛を抱いた胸には、何故かそれが正当に思えてならない。

「だが…」

もしも、己が暴れて、村を襲ったならば。

「仲間達は言うだろうな」

―ホラ、見た事か。

―ホラ、やはりアイツは鬼だった

「何より」

恐れおののき、娘は自分を嫌うだろう。

「何故だろう」

「いつからだろう」

人は、それを「理性」と呼ぶのだろうが…。



さて、それから鬼の子は辛抱強く山に籠もる事となる。

お喋りな鳥達が、時に村の噂をさえずり、噂好きな風が村の様子を耳に入れてくる。

どんなに耳を塞いでも、聞きたくもない噂は聞こえてくるものだ。

よく発狂しなかったと思う。

しかし、時は刻々と迫っていた。

/続

『鬼の灯〜悲恋火・四』

ある日の事だった。

「…三軒隣の源太郎に嫁ぐ事になったよ」

晩春の木の下であった。

いつもと変わらず、鬼の子は娘に会いに山から降りてきていた。

「だから、もう。お前さんと会えなくなるかも知れない…」

娘が、鬼の子にポツリと呟いた。

「え?」

近頃は、娘と鬼の子だけで会うようになっていた。

仲間達は銘々の家の事を始め、最近ではなかなか集まる事もない。

娘は片親しか持たない身で、母親を手伝いながらも、時を作っては鬼の子と会っていた。

鬼の子は、他の者が働き手になった後も、この娘がいたから淋しくはなかったし…。

…いつからだろうか。この娘を好いていた。

そして、どこからくる根拠かも解らなかったが…いつかは娘と正式に結ばれると思っていた。

「なんだって?」

「前から話はあったんだ…でも、冗談だと思って育った…」

美しく育った娘は、幼い頃と変わらずの赤い髪飾りを揺らしながらうつむく。

…悲しいかな。

鬼の子には、その姿さえ美しく思える。

「何言ってるんだ。だって…」

言い掛けて、鬼の子は口を接ぐんだ。

別に、自分は娘と約束したわけじゃない。

むしろ、己は鬼だ。

娘の母親は、娘が己と会っている事も、己がこの村にいる事も知らないだろう。

いや。話したりなどしたら、腰を抜かすだろう。

娘は叱責されるに違いない。そんな姿は見たくない。

「…何で」

では、何で今まで、自分は娘と一緒にいられたのだろう?

神や仏と言うものは、実に残酷だと、鬼の子は思う。

「…嬉しいか?」

泣き出しそうな心のまま、鬼の子は声を振り絞る。

「……解らない」

娘は、戸惑いながら呟くだけだった。

/続

『鬼の灯〜悲恋火・三』

子供達は、大人には内緒で鬼の子と遊んでいた。

知られてはならない秘密を共有するのは、何ともドキドキとして堪らない。

秘密を共有するのは、仲間として固い約束している気分だ。

そんな中で、鬼の子は自分に手を差し伸べてくれた娘が一番のお気に入りだった。

何かあると、娘はいつも自分を呼んでくれるし、頼ってもくれた。

解らない事を諭してもくれた。

鬼の子は、まるで人間と同じように経験して、学んで、少しずつ大きくなった。



月日はそれから流れる。

少しずつ皆は大きくなった。

鬼の子だけは、皆より早く大きくなったが、途中、まるで時間が止まったかのように成長も止まった。

皆が大人になろうと成長する中、鬼の子だけは、まるで少年のような姿のままで月日が流れていく。

「なあ、皆。なんで俺だけ…」

聞いても、誰も何も言えなくなった。

だって、鬼の子は人じゃない。

当たり前なのに、誰も何も言えなくなった。

だって、鬼の子は「仲間」だからだ。

/続
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